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KTTK111のオフ活動のお知らせや短編置場、時々雑談。
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「ケーキ」「うわごと」「おやすみ」


浮かれていたのかもしれない。
慣れない生活を始めたばかりだったけれど、順応していた。
そう思っていたのは、自分だけだった。
もっと、何かできたのではないか、そう思った。
後悔しても仕方がない。
ベッドに横たわる月島をすぐそばで見つめながら、黒尾は溜息をひとつ吐いた。


昨夜のことだ。
月島はめずらしく食事の後、リビングにいた。
月島の大学進学に合わせ、一緒に暮らし始めて、一週間。
まだ少し緊張していうように感じたが、月島本人がそれを嫌がっているようだったので、黒尾はあえていつもと変わらない生活を送るようにしていた。
ほとんどの時間を自室で過ごす月島をそのままに、自分はなるべくリビングに居ることにしたのは、いつでも月島の様子を確認できるからだった。
たまに声をかけて、たまにソファへと呼びよせる。
それくらいだった。
もっと、声をかければよかったのかもしれない。
黒尾はキッチンからマグカップを二つ持ってソファに座った。
月島にはココアを自分にはコーヒーを入れてある。
「黒尾さん」
「ん?」
「すみません」
月島がそう一言呟くと、ぱたりと黒尾の方に倒れ込んだ。
青白い顔色のその額に触れれば、酷い熱をもっていた。
(いつから…?)
食事の時に気が付けなかった自分を責めながら、黒尾は体勢を変え、月島を抱えあげた。


熱で苦しいのか、月島は呻くようにうわごとを繰り返した。
あまりにも微かで、良く聞き取れなかったけれど、布団からはみ出したその手を握ると少しだけおさまる。
それを何度か繰り返して、ようやく月島は目を開けた。
「目、覚めたか?」
黒尾はタオルで額の汗を拭いてやりながら、声をかける
「くろお、さん?」
自分が倒れたことに気付いていなかったのか、不思議そうに目を何度も瞬かせた。
「熱、すげーの」
「すみません」
「謝るなよ。ツッキーのせいじゃない」
「……や、僕のせいですよね?」
「そこで冷静になんのかよ」
笑いながら、頭を撫でてやるけれど、内心はほっとしていた。
意識がはっきりしているなら、大丈夫。
このまま起きなかったらどうしようかと最悪のことまで考えてしまうのを止められなかった。
「とりあえず、解熱剤飲めよ。これで熱が下がらなかったら病院連れてくし」
生活環境の変化と緊張による精神的疲労の蓄積。
たぶん、そんなところだ。
(なんのために一緒に住んでるのかわからなくなったらだめだ)
慣れるまで月島の好きなようにさせた方がいいと思った判断はきっと間違いだったのかもしれない。
「……黒尾さん、ショートケーキが食べたいです」
そういえば、と。
うわごとでもケーキと言っていたような気がする。
「熱が下がったらな」
「じゃあ、下げます」
「気合いで?薬にも頼れよ」
上体を起こした月島に水の入ったグラスと白い錠剤を渡す。
「汗とかもっとかくと思うから今のうちにTシャツだけでも着替えてしまえ」
薬を飲んだことを確認して、黒尾は選択したばかりのTシャツを月島に渡した。
月島はゆっくりと着ていたTシャツを脱ぐ。
熱で動きが鈍っているのか、どうにも動作が緩い。
どうにか着替え終えた月島を再びベッドに寝かせ「おやすみ」と言えば「どこかいくんですか?」と潤んだ瞳をなんとか開いて、見つめてくる。
「ここにいる」
心配するなと頭を撫でやれば、ようやく安心したように目を閉じた。
寝て、起きれば、きっと熱も下がるだろう。
明日になったら、うわごとでも言う程食べたいであろうケーキを買いに行こう。
「おやすみ」
月島の額にキスをして、もう一度ささやいた。


終わり


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「成功」「笑顔」「崩落」


一本の道を歩いている。
これは夢だと思った。
夢の中で夢だとわかることをなんといっただろうか。
「明晰夢、だろ?」
僕は今、自分の疑問を口にしていただろうか。
夢なのだから仕方がない。
隣りを見れば何故だか黒尾さんがいて、さっきの答えは黒尾さんが言ったのだ。
一本の道を並んで歩く。
行き先はわからない。
夢なのだから、行きたい場所へ行けばいいのに、なぜか歩いている。
おかしな話だ。
隣りを歩く黒尾さんは、それから一度もしゃべらなかった。
それを、僕は、とても残念に思った。
自分から話しかけてもいないというのに、我ながら自分勝手だと思った。
歩く速度は変わらないというのに、何故か足が急に重くなっていく。
一歩踏み出すごとに沈んでいくような感覚が足の裏に伝わった。
「黒尾さん」
呼んだ瞬間、足元が崩落した。
それは、僕が、黒尾さんに対して築いていた壁を扉に変えた証拠だった。
いつでも開けられる、鍵のない扉。
壁を築かせたのも黒尾さんだったけれど、それを扉に変えたのも黒尾さんだ。
目の前に現れた扉を開けようとするより先に足元の道が消えた。


今朝見たばかりの夢の話をした。
「一本道を並んで歩いていたけれど、足元が崩れ落ちたんです。そこで目が覚めました」
電話の向こうで笑い声がする。
すぐにいつもの笑顔を思い浮かべたけれど、少し違うような気もした。
そもそも黒尾さんの笑顔を良く覚えていなかった。
『次はもっと早く俺にしがみつけよ。助けてやるから』
簡単に言う。
「夢ですよ」
それなのに、本当に縋ってしまいそうだった。
『夢だからだろ。俺はツッキーを助けるヒーローにもなれる』
「なんですか、それ」
『無敵だってこと』
なんて、自由で自信の塊なのだろう。
呆れるほどバカバカしいけれど、信じてしまいそうになる。
「じゃあ、次に同じ夢を見たら、助けてください」
『まかせろ』
二人で、同時に笑い合う。
こうなった時ほど会いたくてたまらない。
言わないけれど、夢ではなく、本物の黒尾さんにしがみつきたいんですよと、その言葉を飲み込んだ。


その夜。
本当に同じ夢を見た。
すでに足元は崩れ落ち、伸ばした両手が扉を掴んで、体を支えているだけだった。
黒尾さんの姿は何処にもなかった。
何を間違っただろうか。
会いたいと素直に言えばよかったのか。
できないことを伝えて、相手に負担をかけるのはどうなのか。
言っていい時とわるい時くらいの判別はできる。
自分の全体重を支えているはずなのに不思議と腕は痛くない。
夢だからなのか。
都合が良すぎる。
「しがみつけって言っただろ」
「隣りにいなかったくせに」
両手をつかまれ、すごい力で上へと引っ張りあげられた。
扉は開いていて、気にする間もなく中へと入った。
目の前には黒尾さんがいた。
「大成功」
「なにがですか?」
「俺を呼んだだろ。ヒーローは呼ばれないと助けに行けない」
「呼んだ覚えはありませんけど?」
「でも呼ばれたんだ」
目の前の黒尾さんはなぜかきらきらと光っていて、それはヒーローだからなのかなと思った。
「次も会えますか?」
「ツッキーが呼べば会いにいく」
きらきらと光る黒尾さんはまたもや簡単に言って、その姿を消した。


目が覚めたときには、見慣れた自室の天井があった。
(疲れた)
仰向けに寝転がったまま、ほっと息を吐いた。
自分の願望がこんな夢となって表れるのであれば、毎回疲労困憊で目覚めたくはなかった。
(次はちゃんと、言おう)
それが無理難題でもきっといつか解いてくれるのだ。
黒尾さんは、ヒーローなのだから。
崩落した一本道から笑顔で救い出すことを成功させる。
その強さにも惹かれたのだろう。
(会いたいです)
目を閉じて、笑う顔を思い浮かべた。


終わり


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「カレンダー」「ストロー」「しるし」


赤い油性ペンで昨日に×のしるしを付ける。
赤い×で半分埋まったカレンダーを見ながら、しるしのないマスを数える。
あと10日。
こうして、その日を待ちわびていることを知ったらどんな表情をするだろうか。
呆れる。
バカにする。
笑う。
どれもこれも脳内で映像化されて、少し、へこんだ。
喜ぶことは、きっとない。
子供みたいに、その日を楽しみにしているだなんて、我ながらバカだと思ってる。
親バカみたいな、なんて、言えばいい?
月島バカ?
可笑しくて一人、笑った。
それこそが、道化であり、傍から見ればどんなにか滑稽に映るだろう。
紙パックの牛乳にストローを刺して、もう一度赤いしるしで半分染まったカレンダーを見た。
会いたいと、月島に言ったことはない。
それが、非現実的だからだ。
相手を追い詰める言葉を選びたくなかった。
『だからといって、キスしたい、抱き締めたい、触れたいって繰り返されたら、会いたいと同じデショ』と、溜息を吐かれた。
なんだ。
ちゃんと伝わってるじゃないか。
素っ気無い態度に、返事に、口調に、隠れているものを知りたかった。
「じゃあ、どれが嬉しい?」
なんて、言われたい?
だって、どれもこれも、すぐには叶わない。
電話の声は耳元にあるというのに。
数秒の沈黙。
いつものように、わかりやすい溜息がない。
言葉を失うほどの質問だったかと、気にし始めた時。
その声は、静かに響いた。
『……、黒尾さんがそう思っていることが嬉しいです』
容赦なく切断された電話はその日、二度と繋がらなかった。
(なあ、そんなことを言われたら、会って、抱き締めて、キスをして、触れて、酷いことも優しいこともしたくなっちまうだろ)
カレンダーのしるしが増えるたびに募る思いは、じりじりと足元から這い上がってくるようだった。
嵐のように渦巻く感情に耐えるようにストローを噛み締めて、牛乳を飲み干した。
「早く会いたい」
ぽつりと、禁忌を破るような気持ちで、呟いた。


終わり

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「さよなら」「星」「テレビ」


雑音が響く中で、ソファに押し倒されながらキスをされる。
甘く優しい重さが触れ合う指先を握った。
キスをされると、時々思い出す。
夜中に抜け出した校舎の屋上で、見上げた空に星が瞬いていた。
目を閉じれば、その星空が暗闇に浮かんで消えていく。
「さよなら」
つけっぱなしのテレビから聞こえた台詞が途切れた。
別れ話かただの挨拶か。
その言葉は好きじゃなかった。
二度と会えなくなるようで、怖かった。
それを知ってか、知らずか、今夢中で口内を貪るように求めてくる人は、一度も言ったことがない。
どんなに記憶を辿っても聞いた覚えはなかった。
いつも。
電話でも改札でもメールでも。
『またな』
とだけ。
笑って、手を振る姿を覚えている。
月島が見送られても、見送っても、黒尾は毎回手を振って、笑う。
ああ、また会える。
そうして、寂しさを抱えながら安心していた。
「何、考えてんの?」
ぎゅっと抱き締められたので、その背中に両腕を回し、抱き締め返す。
「黒尾さんのことですけど?」
「そうじゃなかったらどうしようかと思った」
耳元で笑う声。
自分よりも熱く感じる体温に、微睡む。
「黒尾さん」
真夏の夜空を覚えてますか。
満天の星の下、交わしたキスを覚えてますか。
「夏休み、星を見にいきませんか」
テレビの向こうで聞こえるさよならは、瞬く星のように流れて消えればいい。
「いいね」
「いいんですか?」
「なんで?断る要素、どこにもなかっただろ」
こうして、優しくて意地の悪い人は、簡単に甘やかす。
「星って言うとさ、うちのさ、音駒のさ、屋上を思い出さねえ?」
八月の終わり。
まだ昼の暑さが残る熱帯夜。
静寂に包まれた校舎。
手を繋いで歩いた廊下。
「僕も今、それを思い出していました」
「だから星?」
黒尾の笑う声ばかり響く。
音を潜めて、呼吸をするような声が好きだった。
こめかみに、頬に、唇にキスをされる。
好きだと囁く声は、あの頃と同じだった。
あの日、僕らは、星の下で、「さよなら」は言わないと約束をした。



終わり

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「海」「飛行機雲」「揺れる」


なぁ。
雲ひとつない青空が、窓枠に切り取られている。
まるで、フォトフレームのようだと月島は仰向けに寝転がった状態でそれを見ていた。
なぁ。
少し遠くて聞こえる甘い声に、返事をするのも億劫で無視を決め込んだのが悪かったのか。
視線の先を遮るように顔を覗き込まれた。
なんですか?
面倒くさくて、瞬きで問いかける。
通じているのかはわからないけれど、とりあえず、声を出したくなかった。
きっと、かすれていてろくに話せないのだ。
それくらい、さっきまで、喘がされていた。
ペットボトルの水を飲んだけれど、喉はからからに渇いているような気がした。
「さっきから、何を見てんだよ」
黒尾はちゅっと月島のこめかみにキスをして、その隣りに寝転んだ。
狭い。暑苦しい。
そんな風に思ったけれど押しのけるのも怠い。
話すことさえままならないのだから、どうしようもない。
全部を諦めて、月島は再び窓枠から見える切り取られた青空を眺めた。
鳥の影が横切ったように見えた。
雲もなく、ただ、青だけがそこに在ると思っていたのだけれど、窓の外は静止画ではなかった。
理解していたようで、していなかった自分に少しだけ驚く。
腕も足も腰も重い。
自分の体じゃないみたいに、指先ひとつ動かすのもしんどかった。
半分は求めた自分のせいだし、もう半分は箍がはずれてしまった黒尾のせいだ。
休日の、こんなに天気の良い昼間から。
動けなくなるほどに、求め、求められ、体を重ねた。
「目に、空が映って、キレイだな」
ふ、と、笑う気配が耳元に届く。
ああ、そうだ、しゃべられないんだった。
そんなはずはないのだけれど。
瞬きを何度か繰り返しているうちに、青空を分断する白い線が窓枠の端からすうっとのびてきた。
斜めに、真っ直ぐ、空は二つに分かれた。
白い白い飛行機雲が、線を描く。
時間が流れていく。
「今度、海に行こうぜ」
同じように空を見ていた黒尾がポツリと言った。
月島は視線を窓枠から黒尾へと移した。
「一緒に」
「いやです」
反射的に応えた声は、がらがらに掠れて酷いものだった。
それでも言葉は届いただろう。
「なんで!」
黒尾の声を無視して、月島は目を閉じた。
スイカ割りとかバーベキューとか花火とか。
海でしかできないことしようぜ。
耳元で囁く雑音が聞き取れなくなっていく。
喉は痛いし、体は怠いし、全部が面倒くさい。
黒尾の声が徐々に聞こえなくなっていくと同時に、眠っているベッドがゆらゆらと揺れたような気がした。
それは、まるで、海に浮かんだボートの上にいるようだった。
青い空と飛行機雲。
砂浜でスイカ割りをしたがる黒尾の影が見えたのは、気のせいに違いない。
そんな夢を見たような気がした。



終わり

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「本」「記憶」「付箋」


「記憶力に自信はありますか?」
月島がぽつりと呟いた。
あまりにも自然に、そして微かな声だったので、黒尾は聞き逃してしまうところだった。
独り言にしては、疑問符がはっきりと浮かんでいるように見えた。
どんな課題を出されたのかは知らないが、月島の手元の本には、付箋がいくつも貼ってある。
「時と場合による……かな」
答えてもいいものかどうか。
迷いながらもやはり月島と同じようにぽつりと呟く。
静かな部屋がさらにしんっと音が消えた。
ページをめくる音が響く。
「ツッキーのさ、ドシャット決めたブロックの音とか、そーゆーのは覚えてる」
「何年前の話をしているんですか」
「そんなに昔の話じゃないだろ」
「昔の話ですよ」
「大事な記憶だろ」
「忘れました」
「付箋、貼っとけよ」
「本じゃあるまいし」
そう言って、月島はぱたんと読んでいた途中の本を閉じた。
それから、貴方はいつも邪魔ばかりすると、溜息を吐くので、黒尾はその溜息を掬うように月島の唇を塞いだ。
「誘ったんじゃねえの?」
「何を?」
「邪魔するように」
リビングのソファで二人、並んで座っていてもお互いの見ているものが同じになることは少ない。
今だって月島は本を読んでいたし、黒尾は携帯ゲームで遊んでいた。
対戦型のゲームらしく、どうやら狐爪と何かを賭けているらしい。
最近、時間があるとそうして携帯ゲームを手にしている。
「それ、いいんですか?」
眼鏡の奥の目が、黒尾の手元に視線を移す。
「負けた」
笑って、それから、もう一度、キスをした。
「僕も、覚えていることがありましたよ。付箋が貼ってあったのかも」
「何を?」
「黒尾さんと初めてキスした日」
「……っ」
淡々と答えた月島と対照的に黒尾の顔が一瞬で紅潮した。
「付箋はずして、捨てた方がいいみたいですね」
その様子を間近で眺めていた月島が目を丸くした後で、もう一度溜息を吐く。
酷く、呆れていたようだった。
「やめて。もったいない」
「いらない記憶デショ」
「大切な記憶だろ」
こつんと額を合わせて、黒尾は口元を緩めた。
「上書き、されるから」
「本みたいに書き足せよ」
どの記憶も。
大切だろ。
黒尾は、そう言って、月島の頭を撫でた。



終わり

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「衝動」「茫然/呆然」「地面」


掴まれた手首が熱い。
指先が、手のひらが、体温以上に熱を持っているような気がした。
そんなことは、ありえないと言うのに。
触れた唇は思いのほか冷たくて、慣れていないからか、重なっただけで終わった。
目を閉じることなどできなかった。
瞬きを忘れるくらい間近になったその目を見ていた。
ただ、呆然としていた。
黒い瞳の中に目を見開いた自分の姿が映る。
「……か、らかって、いるんですか?」
熱と目とそれから沈黙に耐え切れなくて、先に言葉を発した。
熱い。
手首も頬も首筋も耳も、全て。
ぐらぐらと煮立っていくようで、地面が揺れているように思えた。
殴りたい衝動は手首を掴まれていることによって阻止され、見据えられた黒曜石に捕らわれて、目を逸らすことすら許されない。
「まさか」
口の端を歪め、それから、一言で否定する。
逃げられないと、警鐘が鳴り響く。
「怖い?」
逆に問われれば、怖くないと答える。
怖くは無い。
嘘じゃなかった。
ただ、熱い。
理由もわからない。
触れた唇の感触は覚えていなかった。
ただ、冷たい。
それだけが残っていた。
その衝動に耐え切れず、呆然とした意識が踏みしめた地面は、まるで頼りなかった。
もう一度、唇を塞がれた。
啄ばむように何度も繰り返される。
閉じられた目を見つめれば、睫毛が揺れた。
「目、閉じろよ」
見ていることに気付いた黒尾が勝手なことを言う。
「嫌です」
断れば、ふ、と笑われる。
「お前の目に映る俺は嫌いじゃないけどな」
これ以上近づけないくらいの距離で。
見つめ合ったお互いの目の中にいる自分は、本当に自分なのだろうか。
「僕は嫌いです」
「素直」
楽しそうに笑いながら、鼻先に頬に唇を落として、再び触れた唇は、少しだけ熱をもっていた。



終わり


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「靴」「傘」「寄り道」


天気予報は時折あてにならない。
太陽がかんかんと照らして、気温を上昇させている間に、真っ白な入道雲はどんどん大きくなって、あっという間にその色を変えてしまう。
太陽を隠し、雷を呼び、そうして、とどめとばかりにバケツをひっくり返したどころか、蛇口を全開にしたシャワーのような雨を降らすのだ。
これは、まずいと思った時には、すでに遅かった。
頭から靴の中までびしょ濡れになる。
(さて。どうしようか)
こんなことなら真っ直ぐ帰ればよかった。
寄り道なんかしている場合じゃなかった。
店を出てすぐに雨が降り出した。
慌てて最寄駅へと走ったのだが、どうにもならずに、この様である。
電話をすれば、きっと、もう手遅れですよとあっさり言われそうな気がした。
確かに、Tシャツは濡れてべっとりと身体に張り付いているし、ジーンズは水を吸って随分と重たくなっている。
それでも。
それでも、だ。
空を見上げれば、どうにも雨はやみそうにない。
「黒尾さん?」
紺色の傘が、目の前で立ち止まる。
行き交う人の傘は大抵目線の下にあるというのに、その人は自分と同じ背丈である。
「ツッキー!」
どうしてここに?というのは、愚問だった。
同じ部屋に暮らしている月島とは、帰り道は一緒なのだ。
「だから、傘を、持っていけと、言いましたよね。僕」
上から下までびしょ濡れ姿を眺めて、月島は冷めたい目で黒尾を見下ろした。
先に部屋を出たのは黒尾だった。
確かにそれを背中で聞いたような気がする。
「そこまで濡れてたら、傘なんて意味無いんじゃないですか?」
楽しそうに笑った月島はそのまま歩き出そうとしたので、黒尾は慌てて引き止めた。
「い、一緒に帰ろーぜ」
「嫌です」
「なんで!」
「自分がどんな姿をしているのか、知ってます?」
「傘、入れてよ」
眉間の皺がさらに深くなっていく。
月島は鏡のような部分がある。
怒りをぶつければ怒りを。
優しさを与えれば優しさを。
それぞれ返してくる。
「傘なんて、必要ないみたいですけど」
溜息を零しながら、ほんの少しだけ持っていた傘を傾けてくれた。
「ツッキーと相合傘!」
ひょいっとその下に入って、追い出されないように月島の手ごと傘の柄を掴んだ。
「ちょっと!」
「皆、自分のことしか見えてないから」
雨の中、他人を気にする人はいない。
ふと、足元を見れば、月島の靴は色が変わるほど濡れていた。
よく見れば眼鏡も濡れている。
傘をさして歩いているだけであれば、こんなに濡れることもないだろう。
「ツッキーは、なんで駅にいんの?今日休みだっただろ」
「……、買い物があったので」
「いつもは俺に電話かメールしてくるのに?わざわざ、自分で?」
「……傘、いらないみたいですね」
「いる。ツッキーごと傘、欲しい」
ぷいっと顔をそらした月島から本当に突き放されるのは困ると、黒尾はぎゅうっと握る手に力を入れた。
「痛いんですけど」
「ツッキー愛してる」
「バカですか」
「そこは、僕もですって返してくれるところだろ?」
「傘ごと捨てますよ?」
「あ、待って、待て。早まるな」
空いている方の手で本気で殴られそうになる。
「今日さ、思ったより早く帰ってこれたからさ。駅前のケーキ屋の、限定のやつ、買えたから」
「……それのせいで雨に降られたんですか?」
「ご名答」
「本当にバカじゃないの」
「おかげでツッキーに迎えに来てもらえたし、相合傘もできたし、俺は幸せですけど?」
へらっと笑って月島の顔を覗き込めば、少し照れたように目を逸らす。
もっと素直になってくれてもいいのにと思うけれど、仕方が無い。
「この豪雨の中、ケーキの箱だけは死守したから褒めて?」
「……、コーヒーは僕がいれますよ」
諦めたように苦笑した月島に黒尾はつられたように笑った。
雨は、いつの間にか小降りになっていた。



終わり

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「遊び」「本気」「嘘塗れ」


携帯電話が鳴り続ける。
出たくなかった。
音を消すことができないくせに、電話には出られなかった。
電子音がずっと、延々と、鳴り響く。
耳を塞いでも聞こえるそれは、後悔の音か、懺悔の音か、はたまた希望の音か。
音が、黒尾の声に変換されて、脳内を巡った。
『電話、出ろよ』
聞きたくないよ。
ベッドの上でうずくまったまま、月島は目を閉じていた。
(遊び……だったんデショ)
甘い言葉も優しさも。
全部全部。
(何も知らない僕を騙すのは、さぞかし楽しかったでしょう?)
笑えてただろうか。
最後は。
いつものように、にっこりと、笑えてただろうか。
声は震えずに言えていただろうか。
目の前にいたはずの人がどんな表情をしていたのか、思い出せもしなかった。
気が付いた時にはすでに手遅れだった。
こうして枕を抱えているこの全身のほとんどが、すでに侵されて、いまだに意識は一人に集中してばかりいる。
途切れない着信音。
電池が、切れたら、終わる、だろうか。
泣いてはいない。
涙は出ない。
(本気、だったのかな?)
自分の気持ちさえ、疑ってしまう。
冷静ではない証拠だ。
感情的に怒り、悲しみ、苦しんでいる自分を客観的に見ている自分がいる。
そうして、冷静な自分は、電話に手を伸ばせと誘うのだ。
嫌だと首を横に振れば、電話の音はさらにボリュームをあげた。
そんなはずはない。
耳が、痛かった。
『好きだ』と言った。
『愛してる』と囁いた。
その眼差しも声音も全て、嘘濡れの世迷言だったのか。
(本当に?)
震える指先で携帯電話を掴んだ。
表示されている四文字。
(もっと簡単に嫌いになれたら、こんなに苦しまずに済んだのに)
溜息と共に気持ちも消えてなくなればいいのに。
まだ震えたままの指で、通話の二文字に触れた。
『好きだ。嘘じゃない。本当に好きなんだ』
怒鳴る声。
あまりの大声に反射的に携帯電話を投げ捨てた。
(……耳が、痛い)
よく聞こえないけれど、まだ、ずっと、何かを叫んでいるようだった。
一体どこにいるのか。
「……うるさいんですけど」
電話もあなたも。
『どうしたら、信じてくれんの?』
「嘘、だったんデショ?」
『まさか。お前に関しては全部本気だった。これからも』
「都合のいい遊び相手って言った」
『なんでそこだけ信じるんだよ』
「本気だから」
『……愛してんの、お前だけだよ、蛍』
「嫌いになりたいんだけど」
『おい』
「嫌いになれないの、責任とってよ」
『……任せろ』
本気と遊びの曖昧な境界線に惑わされながら、その言葉に嘘は無いと信じたかった。



終わり


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「……だ」
そう、黒尾が言ったのを月島は聞き取れなかった。
正確には、聞こえていたけれど理解できなかった。
最初に浮かんだのは、嫌悪感でも不快感でもなく、ただ、ただ、不可解だということだ。
男だからという性別的な差別は、この時代にそぐわない。
それは、わかっている。
だから、嫌悪感も不快感もない。
唯一、記憶に残っているのは、「なんで、僕なんですか?」という疑問だった。
特別なことは何もしていない。
むしろ、相手にとって生意気で腹立たしい相手であったのではないか?
個人的なことを話したのは一度だけだ。
たった、それだけで理解されたとは思えない。
「じゃあ、付き合いますか?」
未知への探究心がなかったと、否定はできない。
そもそも、黒尾が言った言葉を単語としての意味はわかっていても知らないのだ。
「……いいのか?」
「僕も黒尾さんのこと嫌いじゃないですし。付き合ってみないとわからないこともあると思うんです」
そう答えた。
半分と言うよりほとんどが好奇心だった。
感情より勝る未知との遭遇。
おかげで、繰り返し伝えられるその二文字の意味を理解しないまま、手を繋ぎ、唇を重ね、体を重ねた。
最初こそ、苦痛を伴うその行為から逃げ出したかったけれど、黒尾の見せる優しさに流され、ほだされたというのだろうか。
その特別扱いの優越感が心地好かった。
繰り返すうちに、体が先に快楽を覚えた。
(セックスは、嫌いじゃない)
直接触れ合う肌も体温もその匂いも。
嫌いじゃなかった。
だからこそ、いま、目の前の現状を受け入れたくなかった。
目の前には広いベッドがひとつ。
そして、ガラス張りの浴室。
どこからどうみても、デートホテルと呼ばれる一室である。
どうして、ここにいるのか。
全く記憶がない。
「ツッキー、どうする?」
本来、東京と宮城で離れているはずの黒尾もなぜかここにいる。
手にした白い紙に書かれた黒い文字。
(……夢?)
これは、都合のいい夢なのかもしれない。
そうだとしたら、悪夢だ。
月島はその文字を見つめて溜息を吐いた。
「セックスしないと出られない部屋なら簡単だったのに」
白い紙に踊る文字に眩暈を覚える。
『相手に好きと言えばこの部屋から出られます』
好きと言わなければ、一生出られないのだ。
「ツッキーはそんなに俺のこと嫌い?」
黒尾はその紙を持ったまま笑った。
嫌いと言ったことはなかった。
それでも、その二文字は、できることなら死ぬまで言いたくなかった。
軽い気持ちで伝える相手ではない。
かといって、それを認められるほど、理解もしていない。
未知との遭遇。
いま正に直面している。
「嫌いだったら、付き合いませんし、セックスなんてしませんよ」
「嫌いでもできるんだよ」
「僕は、したくない」
冗談なのか、本気なのか。
黒尾の言葉はいつもふわふわとシャボン玉のように軽く浮かんで消える。
(それはきっと僕のせいだ)
自分の気持ちが曖昧なまま、付き合ってもいいと言った自分が、いつでも逃げ出せるように。
「じゃあ、するか」
「え?」
「ベッドしかねえし。やることひとつだろ」
「黒尾さんは、この部屋から出られなくてもいいんですか?」
「ツッキーがいるから、一生ここで暮らしてもいーよ」
本気と冗談と嘘の境目がぼんやりとしている。
表情だって、いつも口角を上げて楽しそうに笑うだけだ。
「僕は、言いたくない」
「じゃあ、俺も言わない」
黒尾がぎゅうっと抱き締めてくる。
重なる体温と心音。
ほっと息を吐いて、月島は黒尾を抱き締め返した。
たった二文字。
嘘でも言えば、楽になれるかも知れないと言うのに。
その二文字を言わないことで、こうして繋ぎとめられていると思ってしまう。
本当は、もっと、見合う相手がいるはずの人が、自分を選んだ。
理由は今でもわからない。
それを知りたくて、付き合うことにした。
遠く離れた地でお互いの日々を過ごし、数ヶ月に一度会う。
これで付き合っているというのだろうか。
心変わりはしないのだろうか。
(その気持ちがわからないから、続けていられる)
認めてしまえば、きっと、別れが苦しくなってしまう。
知らないままなら、ほら、やっぱり何かの間違いだと、諦められる。
いつのまにか、その二文字は、認めてはいけない感情に変化していた。
会えない日々。
つのる想い。
そして、不安。
それらにがんじがらめにされないように、蓋をして、鍵をかけて、隠した。
(言えるわけがない)
言ってしまったら、きっと、耐えられない。
誰かと、一緒にいる、黒尾のことを考えたくなかった。
「黒尾さん」
呼べば、優しく、甘く唇を重ねてくれる。
付き合っているという枷が、唯一の救いとなっていることも頭の片隅に閉じ込めたかった。



終わり

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