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「ケーキ」「うわごと」「おやすみ」


浮かれていたのかもしれない。
慣れない生活を始めたばかりだったけれど、順応していた。
そう思っていたのは、自分だけだった。
もっと、何かできたのではないか、そう思った。
後悔しても仕方がない。
ベッドに横たわる月島をすぐそばで見つめながら、黒尾は溜息をひとつ吐いた。


昨夜のことだ。
月島はめずらしく食事の後、リビングにいた。
月島の大学進学に合わせ、一緒に暮らし始めて、一週間。
まだ少し緊張していうように感じたが、月島本人がそれを嫌がっているようだったので、黒尾はあえていつもと変わらない生活を送るようにしていた。
ほとんどの時間を自室で過ごす月島をそのままに、自分はなるべくリビングに居ることにしたのは、いつでも月島の様子を確認できるからだった。
たまに声をかけて、たまにソファへと呼びよせる。
それくらいだった。
もっと、声をかければよかったのかもしれない。
黒尾はキッチンからマグカップを二つ持ってソファに座った。
月島にはココアを自分にはコーヒーを入れてある。
「黒尾さん」
「ん?」
「すみません」
月島がそう一言呟くと、ぱたりと黒尾の方に倒れ込んだ。
青白い顔色のその額に触れれば、酷い熱をもっていた。
(いつから…?)
食事の時に気が付けなかった自分を責めながら、黒尾は体勢を変え、月島を抱えあげた。


熱で苦しいのか、月島は呻くようにうわごとを繰り返した。
あまりにも微かで、良く聞き取れなかったけれど、布団からはみ出したその手を握ると少しだけおさまる。
それを何度か繰り返して、ようやく月島は目を開けた。
「目、覚めたか?」
黒尾はタオルで額の汗を拭いてやりながら、声をかける
「くろお、さん?」
自分が倒れたことに気付いていなかったのか、不思議そうに目を何度も瞬かせた。
「熱、すげーの」
「すみません」
「謝るなよ。ツッキーのせいじゃない」
「……や、僕のせいですよね?」
「そこで冷静になんのかよ」
笑いながら、頭を撫でてやるけれど、内心はほっとしていた。
意識がはっきりしているなら、大丈夫。
このまま起きなかったらどうしようかと最悪のことまで考えてしまうのを止められなかった。
「とりあえず、解熱剤飲めよ。これで熱が下がらなかったら病院連れてくし」
生活環境の変化と緊張による精神的疲労の蓄積。
たぶん、そんなところだ。
(なんのために一緒に住んでるのかわからなくなったらだめだ)
慣れるまで月島の好きなようにさせた方がいいと思った判断はきっと間違いだったのかもしれない。
「……黒尾さん、ショートケーキが食べたいです」
そういえば、と。
うわごとでもケーキと言っていたような気がする。
「熱が下がったらな」
「じゃあ、下げます」
「気合いで?薬にも頼れよ」
上体を起こした月島に水の入ったグラスと白い錠剤を渡す。
「汗とかもっとかくと思うから今のうちにTシャツだけでも着替えてしまえ」
薬を飲んだことを確認して、黒尾は選択したばかりのTシャツを月島に渡した。
月島はゆっくりと着ていたTシャツを脱ぐ。
熱で動きが鈍っているのか、どうにも動作が緩い。
どうにか着替え終えた月島を再びベッドに寝かせ「おやすみ」と言えば「どこかいくんですか?」と潤んだ瞳をなんとか開いて、見つめてくる。
「ここにいる」
心配するなと頭を撫でやれば、ようやく安心したように目を閉じた。
寝て、起きれば、きっと熱も下がるだろう。
明日になったら、うわごとでも言う程食べたいであろうケーキを買いに行こう。
「おやすみ」
月島の額にキスをして、もう一度ささやいた。


終わり


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初出 2014-09-30 12:19:10 privatter
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