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KTTK111のオフ活動のお知らせや短編置場、時々雑談。
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「……だ」
そう、黒尾が言ったのを月島は聞き取れなかった。
正確には、聞こえていたけれど理解できなかった。
最初に浮かんだのは、嫌悪感でも不快感でもなく、ただ、ただ、不可解だということだ。
男だからという性別的な差別は、この時代にそぐわない。
それは、わかっている。
だから、嫌悪感も不快感もない。
唯一、記憶に残っているのは、「なんで、僕なんですか?」という疑問だった。
特別なことは何もしていない。
むしろ、相手にとって生意気で腹立たしい相手であったのではないか?
個人的なことを話したのは一度だけだ。
たった、それだけで理解されたとは思えない。
「じゃあ、付き合いますか?」
未知への探究心がなかったと、否定はできない。
そもそも、黒尾が言った言葉を単語としての意味はわかっていても知らないのだ。
「……いいのか?」
「僕も黒尾さんのこと嫌いじゃないですし。付き合ってみないとわからないこともあると思うんです」
そう答えた。
半分と言うよりほとんどが好奇心だった。
感情より勝る未知との遭遇。
おかげで、繰り返し伝えられるその二文字の意味を理解しないまま、手を繋ぎ、唇を重ね、体を重ねた。
最初こそ、苦痛を伴うその行為から逃げ出したかったけれど、黒尾の見せる優しさに流され、ほだされたというのだろうか。
その特別扱いの優越感が心地好かった。
繰り返すうちに、体が先に快楽を覚えた。
(セックスは、嫌いじゃない)
直接触れ合う肌も体温もその匂いも。
嫌いじゃなかった。
だからこそ、いま、目の前の現状を受け入れたくなかった。
目の前には広いベッドがひとつ。
そして、ガラス張りの浴室。
どこからどうみても、デートホテルと呼ばれる一室である。
どうして、ここにいるのか。
全く記憶がない。
「ツッキー、どうする?」
本来、東京と宮城で離れているはずの黒尾もなぜかここにいる。
手にした白い紙に書かれた黒い文字。
(……夢?)
これは、都合のいい夢なのかもしれない。
そうだとしたら、悪夢だ。
月島はその文字を見つめて溜息を吐いた。
「セックスしないと出られない部屋なら簡単だったのに」
白い紙に踊る文字に眩暈を覚える。
『相手に好きと言えばこの部屋から出られます』
好きと言わなければ、一生出られないのだ。
「ツッキーはそんなに俺のこと嫌い?」
黒尾はその紙を持ったまま笑った。
嫌いと言ったことはなかった。
それでも、その二文字は、できることなら死ぬまで言いたくなかった。
軽い気持ちで伝える相手ではない。
かといって、それを認められるほど、理解もしていない。
未知との遭遇。
いま正に直面している。
「嫌いだったら、付き合いませんし、セックスなんてしませんよ」
「嫌いでもできるんだよ」
「僕は、したくない」
冗談なのか、本気なのか。
黒尾の言葉はいつもふわふわとシャボン玉のように軽く浮かんで消える。
(それはきっと僕のせいだ)
自分の気持ちが曖昧なまま、付き合ってもいいと言った自分が、いつでも逃げ出せるように。
「じゃあ、するか」
「え?」
「ベッドしかねえし。やることひとつだろ」
「黒尾さんは、この部屋から出られなくてもいいんですか?」
「ツッキーがいるから、一生ここで暮らしてもいーよ」
本気と冗談と嘘の境目がぼんやりとしている。
表情だって、いつも口角を上げて楽しそうに笑うだけだ。
「僕は、言いたくない」
「じゃあ、俺も言わない」
黒尾がぎゅうっと抱き締めてくる。
重なる体温と心音。
ほっと息を吐いて、月島は黒尾を抱き締め返した。
たった二文字。
嘘でも言えば、楽になれるかも知れないと言うのに。
その二文字を言わないことで、こうして繋ぎとめられていると思ってしまう。
本当は、もっと、見合う相手がいるはずの人が、自分を選んだ。
理由は今でもわからない。
それを知りたくて、付き合うことにした。
遠く離れた地でお互いの日々を過ごし、数ヶ月に一度会う。
これで付き合っているというのだろうか。
心変わりはしないのだろうか。
(その気持ちがわからないから、続けていられる)
認めてしまえば、きっと、別れが苦しくなってしまう。
知らないままなら、ほら、やっぱり何かの間違いだと、諦められる。
いつのまにか、その二文字は、認めてはいけない感情に変化していた。
会えない日々。
つのる想い。
そして、不安。
それらにがんじがらめにされないように、蓋をして、鍵をかけて、隠した。
(言えるわけがない)
言ってしまったら、きっと、耐えられない。
誰かと、一緒にいる、黒尾のことを考えたくなかった。
「黒尾さん」
呼べば、優しく、甘く唇を重ねてくれる。
付き合っているという枷が、唯一の救いとなっていることも頭の片隅に閉じ込めたかった。



終わり

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初出 2014-10-06 20:30:59 プライベッター
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