KTTK111のオフ活動のお知らせや短編置場、時々雑談。
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お互いに好きだとわかっている状態で、残りの一歩を踏み出す為にどれくらいの想いが必要なのだろう。
月島はぼんやりとそんなことを考える。夏の暑さが嘘のように、冷たい風が吹き抜けていく体育館の外はすでに夜の闇に包まれていた。体育館の明かりが開いた扉の形と同じ様に四角形に地面を照らしている。少しだけ静かにすれば、鈴虫かコオロギか、虫の音が聞こえてくる。先月まではセミの声がうるさかったというのに。
気温が下がると共に静けさを連れて、秋は夏を見送った。
ドリンクボトルを手にして、月島は足元の小石を蹴った。体育館の中ではまだ木兎がスパイクを打っているし、コートに叩きつけられたボールの音が外にまで響いた。
四角形の光が人の形の影で遮られた。人影は月島の隣りに並ぶと、ほら、と手を差し出してくる。その手を握れば全てが丸く収まることもよくわかっていた。だから、月島はその手を握りたくなかった。
「なんで?」
そうして、手を差し出したまま黒尾が首を傾げる。全部上手くいくんだったら、それでいいだろ、と言う。
「上手くはいきませんよ」
月島は答える。隣りに並ぶ黒尾の顔も見ず、足元の小石を蹴った。転がった小石は側溝に落ちた。
「怖い?」
「……怖い、のかな」
正直に言えば、よくわかりませんと、もうひとつ小石を蹴った。今度は真っ直ぐに転がって、見えなくなってしまった。
「俺がいるのに」
その自信はどこからやってくるんですか、と拗ねたように言ってしまったが、黒尾は気にしていないようだった。
「ツッキーが俺のこと好きだからだろ」
自信なんて、やってくるのを待つんじゃなくて、自分で作るものだろと黒尾は笑う。そんなに簡単なことじゃないのに、黒尾が言うととても簡単なことのように思えた。作り方があるのなら、教えて欲しいと、月島は思った。口にはしなかったけれど、今、小さくてもかまわない。その手を握り返せる自信が欲しかった。
「俺がツッキーのこと好きだってことは、自信にならない?」
「なりません」
「即答かよ」
「……信じては、います」
足元にはもう小石はない。
黒尾に好きだと言われるたびに心臓は目覚まし時計のようにけたたましく鳴り響いた。傍にいる黒尾にも聞こえてしまうのではないかと思うほどに、判断力は鈍っていく。爪先から指先、そして頭のてっぺんまで、熱が上昇していくのだ。全身で、嬉しいと恥ずかしいを叫んでいるようだった。
「それなら、いいよ」
黒尾はあと数センチ手を前にだせば、月島の手を握ることができるのに、それをしない。月島が手を伸ばすのを待っているのだ。
(ずるいな……)
待たせる自分も待つ黒尾も、きっととても焦れったいように見えるだろう。実際、自分が当事者でなければ、そう思って呆れていたに違いない。
(なにが、怖いんだろう?)
月島は自分の足元から少しだけ視線を隣りに移す。黒尾の指先が見えた。自分よりもひとまわりほど太い指。厚いてのひら。触れたことなど何度もあるというのに、その手を握ることができない。
「ツッキー、好きだ」
「知ってます」
だから、こうして隣りにいるのだ。
「僕も好きです」
言葉で答えることは簡単なのに、その手に触れることができない。
「知ってる」
黒尾が声を出して笑う。たぶん、嬉しそうな顔をしているのだろう。顔をあげることさえできなくなって、目の前は茶色くて硬そうな地面しか見えない。
「なにが、怖いんだよ」
月島がずっとぐるぐると考えていたことを聞かれて、ますますわからなくなっていく。
「なにが、怖いのかわからないから、怖いです」
「そっか。じゃあしかたないな」
体の前に緩く指先で組んでいた月島の手を解くように、その左手首を掴んだ。
「黒尾さん」
「こうすれば、怖さも半減するだろ」
指を絡めてぎゅうっと握り締められた。指先もてのひらも、ただ、熱い。
「どうして?」
「ツッキーがなにを怖がってんのかわかんねえなら、こうして繋がれば怖いものが伝染するんじゃないかと思ってさ」
「そんなに簡単に伝染するわけないじゃないですか」
「わかんねえよ?」
ぎゅうぎゅうと握られた手が痛い。
「ツッキーの手が熱いのか、俺の手が熱いのかわかんなくなっちゃったな」
「それがなんだって言うんですか」
「同じくらい好きってことだろ」
握った手を持ち上げて、黒尾が月島の手の甲にちゅっと唇を落とす。一気に熱が上昇したような気がした。
「なにが、怖いって?」
「黒尾さんが」
「俺?」
思いがけない答えだったのか、黒尾が目を丸くする。その様子がおかしくて、月島は笑った。
「こうやってさ、手を繋いで、熱を分け合って、好きだって言えたら、いいなって思ってる」
「いつまで?」
「無期限」
「やっぱり、黒尾さんが怖いです」
「はっきり言うなよ、傷つくだろ」
「だって、心臓がうるさいんです」
手を繋ぐ前から、ずっとうるかった心臓の音が、内側から響いている。鼓動のリズムに合わせて、時々混ざる好きという二文字が脳まで侵食しているようだった。
「なあ、ツッキー」
「はい」
「なんで、俺のこと好きなの?」
「黒尾さんだからです」
即答するのは、それが正しくて、それ以外の答えがないからだ。黒尾鉄朗が黒尾鉄朗だったから、好きになった。理由や原因を考えても後付けでしかないし、それはきっと、言いわけが含まれてしまう。家族や友達の好きとは異なる好きという感情が、それらとは違うということ以外いまだに良くわからない。けれど、こうして繋いだ指先の熱に支配されるような感覚は黒尾が相手でなければ知り得ないことだというのは、わかる。そして、それが、嫌でもないということも。
「……」
黒尾からなんの返答もなかったので、月島はそっと横を向いた。体育館の明かりを背にしていたので良く見えなかったけれど、黒尾は耳まで真っ赤に染めていた。
「なに、を、照れてるんですか?」
そんな反応をされるとは思ってもいなかった月島は驚くとともに、黒尾に照れを移される。
「ばっか、お前、今、なにを言ったのかわかってんのか?」
「え?」
照れ隠しなのか、繋いだ手をさらにぎゅうっと握られて、少し痛かった。
「黒尾さん、痛いんですけど」
「……あ、悪い」
ふ、と力が緩むと同時に、先刻よりもずっとてのひらが熱い。
「俺のことが好きなのに、なにが怖いんだよ」
もう一度、黒尾が言う。
「それがわからないから、怖いんだと思います」
「俺はツッキーが好きだ。この気持ちは変わらねえよ、俺が決めたんだから。お前が怖がることなんて、ないんだ」
二年の経験の差は、ここにあるのかと、月島は思った。どんなに努力をしたところでどうにもならない、二年の差。それが、この強さなのであれば、二年後の自分はこうして笑えるのだろうか。
「黒尾さん」
「ん?」
「怖くなくなるまで手を繋いでてください」
好きという感情から派生した恐怖から黒尾が救い出してくれるだろう。踏み出せない一歩を待ってくれる優しさがあれば、一歩を踏み出すように背中を押してくれるのもまた優しさに違いない。
「いいよ」
まるで、あの日の夜のように、あっさりと黒尾は言った。
繋いだ手の熱は、もうどちらのものかもわからないくらい混ざり合って、ただそこにあった。
終わり
月島はぼんやりとそんなことを考える。夏の暑さが嘘のように、冷たい風が吹き抜けていく体育館の外はすでに夜の闇に包まれていた。体育館の明かりが開いた扉の形と同じ様に四角形に地面を照らしている。少しだけ静かにすれば、鈴虫かコオロギか、虫の音が聞こえてくる。先月まではセミの声がうるさかったというのに。
気温が下がると共に静けさを連れて、秋は夏を見送った。
ドリンクボトルを手にして、月島は足元の小石を蹴った。体育館の中ではまだ木兎がスパイクを打っているし、コートに叩きつけられたボールの音が外にまで響いた。
四角形の光が人の形の影で遮られた。人影は月島の隣りに並ぶと、ほら、と手を差し出してくる。その手を握れば全てが丸く収まることもよくわかっていた。だから、月島はその手を握りたくなかった。
「なんで?」
そうして、手を差し出したまま黒尾が首を傾げる。全部上手くいくんだったら、それでいいだろ、と言う。
「上手くはいきませんよ」
月島は答える。隣りに並ぶ黒尾の顔も見ず、足元の小石を蹴った。転がった小石は側溝に落ちた。
「怖い?」
「……怖い、のかな」
正直に言えば、よくわかりませんと、もうひとつ小石を蹴った。今度は真っ直ぐに転がって、見えなくなってしまった。
「俺がいるのに」
その自信はどこからやってくるんですか、と拗ねたように言ってしまったが、黒尾は気にしていないようだった。
「ツッキーが俺のこと好きだからだろ」
自信なんて、やってくるのを待つんじゃなくて、自分で作るものだろと黒尾は笑う。そんなに簡単なことじゃないのに、黒尾が言うととても簡単なことのように思えた。作り方があるのなら、教えて欲しいと、月島は思った。口にはしなかったけれど、今、小さくてもかまわない。その手を握り返せる自信が欲しかった。
「俺がツッキーのこと好きだってことは、自信にならない?」
「なりません」
「即答かよ」
「……信じては、います」
足元にはもう小石はない。
黒尾に好きだと言われるたびに心臓は目覚まし時計のようにけたたましく鳴り響いた。傍にいる黒尾にも聞こえてしまうのではないかと思うほどに、判断力は鈍っていく。爪先から指先、そして頭のてっぺんまで、熱が上昇していくのだ。全身で、嬉しいと恥ずかしいを叫んでいるようだった。
「それなら、いいよ」
黒尾はあと数センチ手を前にだせば、月島の手を握ることができるのに、それをしない。月島が手を伸ばすのを待っているのだ。
(ずるいな……)
待たせる自分も待つ黒尾も、きっととても焦れったいように見えるだろう。実際、自分が当事者でなければ、そう思って呆れていたに違いない。
(なにが、怖いんだろう?)
月島は自分の足元から少しだけ視線を隣りに移す。黒尾の指先が見えた。自分よりもひとまわりほど太い指。厚いてのひら。触れたことなど何度もあるというのに、その手を握ることができない。
「ツッキー、好きだ」
「知ってます」
だから、こうして隣りにいるのだ。
「僕も好きです」
言葉で答えることは簡単なのに、その手に触れることができない。
「知ってる」
黒尾が声を出して笑う。たぶん、嬉しそうな顔をしているのだろう。顔をあげることさえできなくなって、目の前は茶色くて硬そうな地面しか見えない。
「なにが、怖いんだよ」
月島がずっとぐるぐると考えていたことを聞かれて、ますますわからなくなっていく。
「なにが、怖いのかわからないから、怖いです」
「そっか。じゃあしかたないな」
体の前に緩く指先で組んでいた月島の手を解くように、その左手首を掴んだ。
「黒尾さん」
「こうすれば、怖さも半減するだろ」
指を絡めてぎゅうっと握り締められた。指先もてのひらも、ただ、熱い。
「どうして?」
「ツッキーがなにを怖がってんのかわかんねえなら、こうして繋がれば怖いものが伝染するんじゃないかと思ってさ」
「そんなに簡単に伝染するわけないじゃないですか」
「わかんねえよ?」
ぎゅうぎゅうと握られた手が痛い。
「ツッキーの手が熱いのか、俺の手が熱いのかわかんなくなっちゃったな」
「それがなんだって言うんですか」
「同じくらい好きってことだろ」
握った手を持ち上げて、黒尾が月島の手の甲にちゅっと唇を落とす。一気に熱が上昇したような気がした。
「なにが、怖いって?」
「黒尾さんが」
「俺?」
思いがけない答えだったのか、黒尾が目を丸くする。その様子がおかしくて、月島は笑った。
「こうやってさ、手を繋いで、熱を分け合って、好きだって言えたら、いいなって思ってる」
「いつまで?」
「無期限」
「やっぱり、黒尾さんが怖いです」
「はっきり言うなよ、傷つくだろ」
「だって、心臓がうるさいんです」
手を繋ぐ前から、ずっとうるかった心臓の音が、内側から響いている。鼓動のリズムに合わせて、時々混ざる好きという二文字が脳まで侵食しているようだった。
「なあ、ツッキー」
「はい」
「なんで、俺のこと好きなの?」
「黒尾さんだからです」
即答するのは、それが正しくて、それ以外の答えがないからだ。黒尾鉄朗が黒尾鉄朗だったから、好きになった。理由や原因を考えても後付けでしかないし、それはきっと、言いわけが含まれてしまう。家族や友達の好きとは異なる好きという感情が、それらとは違うということ以外いまだに良くわからない。けれど、こうして繋いだ指先の熱に支配されるような感覚は黒尾が相手でなければ知り得ないことだというのは、わかる。そして、それが、嫌でもないということも。
「……」
黒尾からなんの返答もなかったので、月島はそっと横を向いた。体育館の明かりを背にしていたので良く見えなかったけれど、黒尾は耳まで真っ赤に染めていた。
「なに、を、照れてるんですか?」
そんな反応をされるとは思ってもいなかった月島は驚くとともに、黒尾に照れを移される。
「ばっか、お前、今、なにを言ったのかわかってんのか?」
「え?」
照れ隠しなのか、繋いだ手をさらにぎゅうっと握られて、少し痛かった。
「黒尾さん、痛いんですけど」
「……あ、悪い」
ふ、と力が緩むと同時に、先刻よりもずっとてのひらが熱い。
「俺のことが好きなのに、なにが怖いんだよ」
もう一度、黒尾が言う。
「それがわからないから、怖いんだと思います」
「俺はツッキーが好きだ。この気持ちは変わらねえよ、俺が決めたんだから。お前が怖がることなんて、ないんだ」
二年の経験の差は、ここにあるのかと、月島は思った。どんなに努力をしたところでどうにもならない、二年の差。それが、この強さなのであれば、二年後の自分はこうして笑えるのだろうか。
「黒尾さん」
「ん?」
「怖くなくなるまで手を繋いでてください」
好きという感情から派生した恐怖から黒尾が救い出してくれるだろう。踏み出せない一歩を待ってくれる優しさがあれば、一歩を踏み出すように背中を押してくれるのもまた優しさに違いない。
「いいよ」
まるで、あの日の夜のように、あっさりと黒尾は言った。
繋いだ手の熱は、もうどちらのものかもわからないくらい混ざり合って、ただそこにあった。
終わり
初出 2014-09-21 CLEVERMOON無配
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