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KTTK111のオフ活動のお知らせや短編置場、時々雑談。
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「言葉遊び」とは、こちら→https://twitter.com/x_ioroi/status/489592700828524544の「文字書きの為の言葉のパレット」の言葉を使って書いた短編となります。

私は、3つの単語を短編の中に違和感のないように含むようにして考えています。

基本的には、いちゃいちゃ、らぶらぶ、ほのぼのな、クロ月です。
年齢設定をいじっていたりするので、高校生だったり、大学生だったり、同棲してたり、してます。

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「愛」「嘘」「指先」


熱を持った指先を舌で触れ、そっと舐めればほんの少しだけ震える。
平気な顔でそれを見ている人の動揺に満足をして、さらに指先を咥え吸うように唇を尖らせた。
再びひくりと震える。
敏感な指先は、骨ばっているけれど、厚い皮膚で覆われて硬くなっていた。
バレーボールをする人の指だ。
舐めたところで味などしない。
ただ、ちょっとだけ、困らせてみたかった。
「喜んだだけだろ」
唾液で濡れた指先をちゅっと自分でキスをしてそれからテッシュでふき取った。
「どうした?」
形だけの問いに答える理由もない。
ソファに座る人の固い膝に頭をのせて、目を閉じた。
「ツッキー?」
世の中には嘘ばかりだ。
騙されないように注意深く意識をしてもそれは巧妙に隠され、見抜くことができない。
今日もまたひとつ、信じようとしたものが消えた。
まだ、傷は浅い。
ふわりと後頭部に指先が触れる感覚があった。
少しくすぐったくて、肩を竦める。
心配されるのが、嬉しい。
それを悪いとも思わないから、安心ができる。
言わないけれど、ちゃんと、そこに愛はあると、思う。
たぶん。
自信がないのは、不確かな感情を形にできないからだ。
見えないものを信じるのは難しい。
それは、嘘も同じだ。
見えないから、疑う。
嘘も愛も紙一重。
信じられるとしたら、触れ合って、その熱を確かめられる指先だけだ。
「黒尾さん」
呼ぶ。
それだけで、黒く染まった心が少しだけ浄化されるようだった。
返事のかわりに額に触れる唇の感触。
わがままも甘えも全部許してくれる、酷い人。
だから、きっと、信じられるのかもしれない。
指先の熱がとけあって同じになればいいのにと、思った。


終わり


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「横顔」「防波堤」「夕焼け」


海が見たいと言ったから、二人で出かけた。
遠くに行けそうもなかったので、一番近い海へと向かう。
電車に揺られ、数十分。
乗換えを二回繰り返して、到着した頃には陽が沈む時刻だった。
それでも、生臭い潮の匂いは、波音と合わせて、日常から突然切り離す。
防波堤を歩けば、釣り人が釣竿を持ったまま海と向かい合っている。
「釣り、したことある?」
電車に乗っていたときもこうして海に辿り着いたあとも口数の少ない月島に黒尾は訊いた。
「あります」
子供の頃に、父親に連れられて、よく海に行きました。
釣り人の背中に少しだけ目を細める。
知らないことだらけだと思った。
それもそうだ。
まだ出会って3年も過ぎていない。
人間に合わせれば、よちよち歩き始めたばかりなのだ。
知らないことしかない。
そうであれば、これから知っていけばいい。
波の音、潮風、そして、沈む太陽。
夕焼けで赤く染まった雲が空を彩った。
世界が、海が、オレンジ色に変わる。
コンクリートの防波堤に波が当たって砕け散った。
穏やかな風。
立ち止まってみれば、その横顔も美しい夕焼け色に染まっていた。
「黒尾さん」
「んー?」
「黒尾さんってバカですよね」
「なに?こんなとこまできてケンカ売るつもり?」
「だって、僕の、たった一言で、こんなところまで来るんですよ?」
「あー、それはしかたないだろ?ツッキーバカだもん」
「もん…って、気持ち悪いです」
「うるせーよ」
「そんなツッキーバカの俺に誘われて、こんなところまで一緒にやってくるツッキーも相当バカだろ」
すぐ側にある頭をわしわしと片手で撫でて、笑う。
「バカとバカ。お似合いだろ」
「……一緒にされたくないですが、否定できませんね」
月島はそう言って笑った。
黒尾も一緒になって笑う。
普段、空を切り取るような建物の隙間で暮らしているからか、なにもない水平線が美しくも頼りなく感じる。
いつの間にか海へと沈む太陽が半分になっていた。
同じ速さで動いているはずだと言うのに、沈むときは空の上よりずっと速く見えた。
「ほら、ツッキー発見」
太陽とは反対の方向、夕焼け色と夜の色の境目に三日月が見えた。
「僕はここにいますけど」
「俺はこっちのツッキーが好き」
その手をぎゅっと繋いで、黒尾が振り返ると赤く染まった月島がそこにいた。
「照れた?嬉しい?」
「照れてません」
「顔赤いし」
「夕焼けのせいデショ」
素直じゃない人はそうと言い張って、ぷいっと顔を逸らした。
その横顔に黒尾はちゅっとキスをした。


終わり

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「面倒事」「繋ぐ」「色」


それは、予兆だったのかもしれない。
雲ひとつない秋晴れの空。
色鮮やかな空色は広く高く澄み渡っていた。
携帯電話を天に向け、写真を撮った。
画面いっぱいの水色。
まるで、絵具で塗ったようだった。


メールに添付をして、送信。
今は、たった一瞬で、切り取った空の一部が遠く離れた地に届く。
便利だと言えばいいのか、不便だと言えばいいのか。
夏の暑い日。
空を見上げる余裕もなかった日々。
濃い影を落とす樹木の下で、セミの声を聞きながら、時が過ぎるのを待っていた。
会話をするのも億劫で、声を出せば体力が減るように思えた。
セミの声だけをやけに覚えている。


記憶は、面倒事まで引き起こし、脳内を巡る。
忘れていたわけではないけれど、意識をしないように意識していた。
それなのに、次々と夏のイメージが溢れてくる。
夏とは異なる秋の空。
(面倒くさい)
自分の感情が、酷く邪魔に思える。
(会いたい、会いたくない、会いたい、会いたくない……)
声が、響いて、厄介きわまりない。
空にもう一度携帯電話を向ければ、青空を真っ二つに切り裂くような、白い白い線が引かれていた。
どこへ向かう飛行機だろうか。
その線は、遠い空まで繋ぐだろうか。


しばらくして、メールの着信音が鳴った。
確認をすれば、タイトルも本文もない。
添付されているファイルを開けば、青空と飛行機雲の画像があった。


抑えきれない衝動という面倒事をもたらした空色は、遠く恋しい人と繋がっていた。


終わり



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「ケーキ」「うわごと」「おやすみ」


浮かれていたのかもしれない。
慣れない生活を始めたばかりだったけれど、順応していた。
そう思っていたのは、自分だけだった。
もっと、何かできたのではないか、そう思った。
後悔しても仕方がない。
ベッドに横たわる月島をすぐそばで見つめながら、黒尾は溜息をひとつ吐いた。


昨夜のことだ。
月島はめずらしく食事の後、リビングにいた。
月島の大学進学に合わせ、一緒に暮らし始めて、一週間。
まだ少し緊張していうように感じたが、月島本人がそれを嫌がっているようだったので、黒尾はあえていつもと変わらない生活を送るようにしていた。
ほとんどの時間を自室で過ごす月島をそのままに、自分はなるべくリビングに居ることにしたのは、いつでも月島の様子を確認できるからだった。
たまに声をかけて、たまにソファへと呼びよせる。
それくらいだった。
もっと、声をかければよかったのかもしれない。
黒尾はキッチンからマグカップを二つ持ってソファに座った。
月島にはココアを自分にはコーヒーを入れてある。
「黒尾さん」
「ん?」
「すみません」
月島がそう一言呟くと、ぱたりと黒尾の方に倒れ込んだ。
青白い顔色のその額に触れれば、酷い熱をもっていた。
(いつから…?)
食事の時に気が付けなかった自分を責めながら、黒尾は体勢を変え、月島を抱えあげた。


熱で苦しいのか、月島は呻くようにうわごとを繰り返した。
あまりにも微かで、良く聞き取れなかったけれど、布団からはみ出したその手を握ると少しだけおさまる。
それを何度か繰り返して、ようやく月島は目を開けた。
「目、覚めたか?」
黒尾はタオルで額の汗を拭いてやりながら、声をかける
「くろお、さん?」
自分が倒れたことに気付いていなかったのか、不思議そうに目を何度も瞬かせた。
「熱、すげーの」
「すみません」
「謝るなよ。ツッキーのせいじゃない」
「……や、僕のせいですよね?」
「そこで冷静になんのかよ」
笑いながら、頭を撫でてやるけれど、内心はほっとしていた。
意識がはっきりしているなら、大丈夫。
このまま起きなかったらどうしようかと最悪のことまで考えてしまうのを止められなかった。
「とりあえず、解熱剤飲めよ。これで熱が下がらなかったら病院連れてくし」
生活環境の変化と緊張による精神的疲労の蓄積。
たぶん、そんなところだ。
(なんのために一緒に住んでるのかわからなくなったらだめだ)
慣れるまで月島の好きなようにさせた方がいいと思った判断はきっと間違いだったのかもしれない。
「……黒尾さん、ショートケーキが食べたいです」
そういえば、と。
うわごとでもケーキと言っていたような気がする。
「熱が下がったらな」
「じゃあ、下げます」
「気合いで?薬にも頼れよ」
上体を起こした月島に水の入ったグラスと白い錠剤を渡す。
「汗とかもっとかくと思うから今のうちにTシャツだけでも着替えてしまえ」
薬を飲んだことを確認して、黒尾は選択したばかりのTシャツを月島に渡した。
月島はゆっくりと着ていたTシャツを脱ぐ。
熱で動きが鈍っているのか、どうにも動作が緩い。
どうにか着替え終えた月島を再びベッドに寝かせ「おやすみ」と言えば「どこかいくんですか?」と潤んだ瞳をなんとか開いて、見つめてくる。
「ここにいる」
心配するなと頭を撫でやれば、ようやく安心したように目を閉じた。
寝て、起きれば、きっと熱も下がるだろう。
明日になったら、うわごとでも言う程食べたいであろうケーキを買いに行こう。
「おやすみ」
月島の額にキスをして、もう一度ささやいた。


終わり


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「成功」「笑顔」「崩落」


一本の道を歩いている。
これは夢だと思った。
夢の中で夢だとわかることをなんといっただろうか。
「明晰夢、だろ?」
僕は今、自分の疑問を口にしていただろうか。
夢なのだから仕方がない。
隣りを見れば何故だか黒尾さんがいて、さっきの答えは黒尾さんが言ったのだ。
一本の道を並んで歩く。
行き先はわからない。
夢なのだから、行きたい場所へ行けばいいのに、なぜか歩いている。
おかしな話だ。
隣りを歩く黒尾さんは、それから一度もしゃべらなかった。
それを、僕は、とても残念に思った。
自分から話しかけてもいないというのに、我ながら自分勝手だと思った。
歩く速度は変わらないというのに、何故か足が急に重くなっていく。
一歩踏み出すごとに沈んでいくような感覚が足の裏に伝わった。
「黒尾さん」
呼んだ瞬間、足元が崩落した。
それは、僕が、黒尾さんに対して築いていた壁を扉に変えた証拠だった。
いつでも開けられる、鍵のない扉。
壁を築かせたのも黒尾さんだったけれど、それを扉に変えたのも黒尾さんだ。
目の前に現れた扉を開けようとするより先に足元の道が消えた。


今朝見たばかりの夢の話をした。
「一本道を並んで歩いていたけれど、足元が崩れ落ちたんです。そこで目が覚めました」
電話の向こうで笑い声がする。
すぐにいつもの笑顔を思い浮かべたけれど、少し違うような気もした。
そもそも黒尾さんの笑顔を良く覚えていなかった。
『次はもっと早く俺にしがみつけよ。助けてやるから』
簡単に言う。
「夢ですよ」
それなのに、本当に縋ってしまいそうだった。
『夢だからだろ。俺はツッキーを助けるヒーローにもなれる』
「なんですか、それ」
『無敵だってこと』
なんて、自由で自信の塊なのだろう。
呆れるほどバカバカしいけれど、信じてしまいそうになる。
「じゃあ、次に同じ夢を見たら、助けてください」
『まかせろ』
二人で、同時に笑い合う。
こうなった時ほど会いたくてたまらない。
言わないけれど、夢ではなく、本物の黒尾さんにしがみつきたいんですよと、その言葉を飲み込んだ。


その夜。
本当に同じ夢を見た。
すでに足元は崩れ落ち、伸ばした両手が扉を掴んで、体を支えているだけだった。
黒尾さんの姿は何処にもなかった。
何を間違っただろうか。
会いたいと素直に言えばよかったのか。
できないことを伝えて、相手に負担をかけるのはどうなのか。
言っていい時とわるい時くらいの判別はできる。
自分の全体重を支えているはずなのに不思議と腕は痛くない。
夢だからなのか。
都合が良すぎる。
「しがみつけって言っただろ」
「隣りにいなかったくせに」
両手をつかまれ、すごい力で上へと引っ張りあげられた。
扉は開いていて、気にする間もなく中へと入った。
目の前には黒尾さんがいた。
「大成功」
「なにがですか?」
「俺を呼んだだろ。ヒーローは呼ばれないと助けに行けない」
「呼んだ覚えはありませんけど?」
「でも呼ばれたんだ」
目の前の黒尾さんはなぜかきらきらと光っていて、それはヒーローだからなのかなと思った。
「次も会えますか?」
「ツッキーが呼べば会いにいく」
きらきらと光る黒尾さんはまたもや簡単に言って、その姿を消した。


目が覚めたときには、見慣れた自室の天井があった。
(疲れた)
仰向けに寝転がったまま、ほっと息を吐いた。
自分の願望がこんな夢となって表れるのであれば、毎回疲労困憊で目覚めたくはなかった。
(次はちゃんと、言おう)
それが無理難題でもきっといつか解いてくれるのだ。
黒尾さんは、ヒーローなのだから。
崩落した一本道から笑顔で救い出すことを成功させる。
その強さにも惹かれたのだろう。
(会いたいです)
目を閉じて、笑う顔を思い浮かべた。


終わり


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「カレンダー」「ストロー」「しるし」


赤い油性ペンで昨日に×のしるしを付ける。
赤い×で半分埋まったカレンダーを見ながら、しるしのないマスを数える。
あと10日。
こうして、その日を待ちわびていることを知ったらどんな表情をするだろうか。
呆れる。
バカにする。
笑う。
どれもこれも脳内で映像化されて、少し、へこんだ。
喜ぶことは、きっとない。
子供みたいに、その日を楽しみにしているだなんて、我ながらバカだと思ってる。
親バカみたいな、なんて、言えばいい?
月島バカ?
可笑しくて一人、笑った。
それこそが、道化であり、傍から見ればどんなにか滑稽に映るだろう。
紙パックの牛乳にストローを刺して、もう一度赤いしるしで半分染まったカレンダーを見た。
会いたいと、月島に言ったことはない。
それが、非現実的だからだ。
相手を追い詰める言葉を選びたくなかった。
『だからといって、キスしたい、抱き締めたい、触れたいって繰り返されたら、会いたいと同じデショ』と、溜息を吐かれた。
なんだ。
ちゃんと伝わってるじゃないか。
素っ気無い態度に、返事に、口調に、隠れているものを知りたかった。
「じゃあ、どれが嬉しい?」
なんて、言われたい?
だって、どれもこれも、すぐには叶わない。
電話の声は耳元にあるというのに。
数秒の沈黙。
いつものように、わかりやすい溜息がない。
言葉を失うほどの質問だったかと、気にし始めた時。
その声は、静かに響いた。
『……、黒尾さんがそう思っていることが嬉しいです』
容赦なく切断された電話はその日、二度と繋がらなかった。
(なあ、そんなことを言われたら、会って、抱き締めて、キスをして、触れて、酷いことも優しいこともしたくなっちまうだろ)
カレンダーのしるしが増えるたびに募る思いは、じりじりと足元から這い上がってくるようだった。
嵐のように渦巻く感情に耐えるようにストローを噛み締めて、牛乳を飲み干した。
「早く会いたい」
ぽつりと、禁忌を破るような気持ちで、呟いた。


終わり

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「さよなら」「星」「テレビ」


雑音が響く中で、ソファに押し倒されながらキスをされる。
甘く優しい重さが触れ合う指先を握った。
キスをされると、時々思い出す。
夜中に抜け出した校舎の屋上で、見上げた空に星が瞬いていた。
目を閉じれば、その星空が暗闇に浮かんで消えていく。
「さよなら」
つけっぱなしのテレビから聞こえた台詞が途切れた。
別れ話かただの挨拶か。
その言葉は好きじゃなかった。
二度と会えなくなるようで、怖かった。
それを知ってか、知らずか、今夢中で口内を貪るように求めてくる人は、一度も言ったことがない。
どんなに記憶を辿っても聞いた覚えはなかった。
いつも。
電話でも改札でもメールでも。
『またな』
とだけ。
笑って、手を振る姿を覚えている。
月島が見送られても、見送っても、黒尾は毎回手を振って、笑う。
ああ、また会える。
そうして、寂しさを抱えながら安心していた。
「何、考えてんの?」
ぎゅっと抱き締められたので、その背中に両腕を回し、抱き締め返す。
「黒尾さんのことですけど?」
「そうじゃなかったらどうしようかと思った」
耳元で笑う声。
自分よりも熱く感じる体温に、微睡む。
「黒尾さん」
真夏の夜空を覚えてますか。
満天の星の下、交わしたキスを覚えてますか。
「夏休み、星を見にいきませんか」
テレビの向こうで聞こえるさよならは、瞬く星のように流れて消えればいい。
「いいね」
「いいんですか?」
「なんで?断る要素、どこにもなかっただろ」
こうして、優しくて意地の悪い人は、簡単に甘やかす。
「星って言うとさ、うちのさ、音駒のさ、屋上を思い出さねえ?」
八月の終わり。
まだ昼の暑さが残る熱帯夜。
静寂に包まれた校舎。
手を繋いで歩いた廊下。
「僕も今、それを思い出していました」
「だから星?」
黒尾の笑う声ばかり響く。
音を潜めて、呼吸をするような声が好きだった。
こめかみに、頬に、唇にキスをされる。
好きだと囁く声は、あの頃と同じだった。
あの日、僕らは、星の下で、「さよなら」は言わないと約束をした。



終わり

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「海」「飛行機雲」「揺れる」


なぁ。
雲ひとつない青空が、窓枠に切り取られている。
まるで、フォトフレームのようだと月島は仰向けに寝転がった状態でそれを見ていた。
なぁ。
少し遠くて聞こえる甘い声に、返事をするのも億劫で無視を決め込んだのが悪かったのか。
視線の先を遮るように顔を覗き込まれた。
なんですか?
面倒くさくて、瞬きで問いかける。
通じているのかはわからないけれど、とりあえず、声を出したくなかった。
きっと、かすれていてろくに話せないのだ。
それくらい、さっきまで、喘がされていた。
ペットボトルの水を飲んだけれど、喉はからからに渇いているような気がした。
「さっきから、何を見てんだよ」
黒尾はちゅっと月島のこめかみにキスをして、その隣りに寝転んだ。
狭い。暑苦しい。
そんな風に思ったけれど押しのけるのも怠い。
話すことさえままならないのだから、どうしようもない。
全部を諦めて、月島は再び窓枠から見える切り取られた青空を眺めた。
鳥の影が横切ったように見えた。
雲もなく、ただ、青だけがそこに在ると思っていたのだけれど、窓の外は静止画ではなかった。
理解していたようで、していなかった自分に少しだけ驚く。
腕も足も腰も重い。
自分の体じゃないみたいに、指先ひとつ動かすのもしんどかった。
半分は求めた自分のせいだし、もう半分は箍がはずれてしまった黒尾のせいだ。
休日の、こんなに天気の良い昼間から。
動けなくなるほどに、求め、求められ、体を重ねた。
「目に、空が映って、キレイだな」
ふ、と、笑う気配が耳元に届く。
ああ、そうだ、しゃべられないんだった。
そんなはずはないのだけれど。
瞬きを何度か繰り返しているうちに、青空を分断する白い線が窓枠の端からすうっとのびてきた。
斜めに、真っ直ぐ、空は二つに分かれた。
白い白い飛行機雲が、線を描く。
時間が流れていく。
「今度、海に行こうぜ」
同じように空を見ていた黒尾がポツリと言った。
月島は視線を窓枠から黒尾へと移した。
「一緒に」
「いやです」
反射的に応えた声は、がらがらに掠れて酷いものだった。
それでも言葉は届いただろう。
「なんで!」
黒尾の声を無視して、月島は目を閉じた。
スイカ割りとかバーベキューとか花火とか。
海でしかできないことしようぜ。
耳元で囁く雑音が聞き取れなくなっていく。
喉は痛いし、体は怠いし、全部が面倒くさい。
黒尾の声が徐々に聞こえなくなっていくと同時に、眠っているベッドがゆらゆらと揺れたような気がした。
それは、まるで、海に浮かんだボートの上にいるようだった。
青い空と飛行機雲。
砂浜でスイカ割りをしたがる黒尾の影が見えたのは、気のせいに違いない。
そんな夢を見たような気がした。



終わり

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「本」「記憶」「付箋」


「記憶力に自信はありますか?」
月島がぽつりと呟いた。
あまりにも自然に、そして微かな声だったので、黒尾は聞き逃してしまうところだった。
独り言にしては、疑問符がはっきりと浮かんでいるように見えた。
どんな課題を出されたのかは知らないが、月島の手元の本には、付箋がいくつも貼ってある。
「時と場合による……かな」
答えてもいいものかどうか。
迷いながらもやはり月島と同じようにぽつりと呟く。
静かな部屋がさらにしんっと音が消えた。
ページをめくる音が響く。
「ツッキーのさ、ドシャット決めたブロックの音とか、そーゆーのは覚えてる」
「何年前の話をしているんですか」
「そんなに昔の話じゃないだろ」
「昔の話ですよ」
「大事な記憶だろ」
「忘れました」
「付箋、貼っとけよ」
「本じゃあるまいし」
そう言って、月島はぱたんと読んでいた途中の本を閉じた。
それから、貴方はいつも邪魔ばかりすると、溜息を吐くので、黒尾はその溜息を掬うように月島の唇を塞いだ。
「誘ったんじゃねえの?」
「何を?」
「邪魔するように」
リビングのソファで二人、並んで座っていてもお互いの見ているものが同じになることは少ない。
今だって月島は本を読んでいたし、黒尾は携帯ゲームで遊んでいた。
対戦型のゲームらしく、どうやら狐爪と何かを賭けているらしい。
最近、時間があるとそうして携帯ゲームを手にしている。
「それ、いいんですか?」
眼鏡の奥の目が、黒尾の手元に視線を移す。
「負けた」
笑って、それから、もう一度、キスをした。
「僕も、覚えていることがありましたよ。付箋が貼ってあったのかも」
「何を?」
「黒尾さんと初めてキスした日」
「……っ」
淡々と答えた月島と対照的に黒尾の顔が一瞬で紅潮した。
「付箋はずして、捨てた方がいいみたいですね」
その様子を間近で眺めていた月島が目を丸くした後で、もう一度溜息を吐く。
酷く、呆れていたようだった。
「やめて。もったいない」
「いらない記憶デショ」
「大切な記憶だろ」
こつんと額を合わせて、黒尾は口元を緩めた。
「上書き、されるから」
「本みたいに書き足せよ」
どの記憶も。
大切だろ。
黒尾は、そう言って、月島の頭を撫でた。



終わり

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