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KTTK111のオフ活動のお知らせや短編置場、時々雑談。
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「衝動」「茫然/呆然」「地面」


掴まれた手首が熱い。
指先が、手のひらが、体温以上に熱を持っているような気がした。
そんなことは、ありえないと言うのに。
触れた唇は思いのほか冷たくて、慣れていないからか、重なっただけで終わった。
目を閉じることなどできなかった。
瞬きを忘れるくらい間近になったその目を見ていた。
ただ、呆然としていた。
黒い瞳の中に目を見開いた自分の姿が映る。
「……か、らかって、いるんですか?」
熱と目とそれから沈黙に耐え切れなくて、先に言葉を発した。
熱い。
手首も頬も首筋も耳も、全て。
ぐらぐらと煮立っていくようで、地面が揺れているように思えた。
殴りたい衝動は手首を掴まれていることによって阻止され、見据えられた黒曜石に捕らわれて、目を逸らすことすら許されない。
「まさか」
口の端を歪め、それから、一言で否定する。
逃げられないと、警鐘が鳴り響く。
「怖い?」
逆に問われれば、怖くないと答える。
怖くは無い。
嘘じゃなかった。
ただ、熱い。
理由もわからない。
触れた唇の感触は覚えていなかった。
ただ、冷たい。
それだけが残っていた。
その衝動に耐え切れず、呆然とした意識が踏みしめた地面は、まるで頼りなかった。
もう一度、唇を塞がれた。
啄ばむように何度も繰り返される。
閉じられた目を見つめれば、睫毛が揺れた。
「目、閉じろよ」
見ていることに気付いた黒尾が勝手なことを言う。
「嫌です」
断れば、ふ、と笑われる。
「お前の目に映る俺は嫌いじゃないけどな」
これ以上近づけないくらいの距離で。
見つめ合ったお互いの目の中にいる自分は、本当に自分なのだろうか。
「僕は嫌いです」
「素直」
楽しそうに笑いながら、鼻先に頬に唇を落として、再び触れた唇は、少しだけ熱をもっていた。



終わり


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「靴」「傘」「寄り道」


天気予報は時折あてにならない。
太陽がかんかんと照らして、気温を上昇させている間に、真っ白な入道雲はどんどん大きくなって、あっという間にその色を変えてしまう。
太陽を隠し、雷を呼び、そうして、とどめとばかりにバケツをひっくり返したどころか、蛇口を全開にしたシャワーのような雨を降らすのだ。
これは、まずいと思った時には、すでに遅かった。
頭から靴の中までびしょ濡れになる。
(さて。どうしようか)
こんなことなら真っ直ぐ帰ればよかった。
寄り道なんかしている場合じゃなかった。
店を出てすぐに雨が降り出した。
慌てて最寄駅へと走ったのだが、どうにもならずに、この様である。
電話をすれば、きっと、もう手遅れですよとあっさり言われそうな気がした。
確かに、Tシャツは濡れてべっとりと身体に張り付いているし、ジーンズは水を吸って随分と重たくなっている。
それでも。
それでも、だ。
空を見上げれば、どうにも雨はやみそうにない。
「黒尾さん?」
紺色の傘が、目の前で立ち止まる。
行き交う人の傘は大抵目線の下にあるというのに、その人は自分と同じ背丈である。
「ツッキー!」
どうしてここに?というのは、愚問だった。
同じ部屋に暮らしている月島とは、帰り道は一緒なのだ。
「だから、傘を、持っていけと、言いましたよね。僕」
上から下までびしょ濡れ姿を眺めて、月島は冷めたい目で黒尾を見下ろした。
先に部屋を出たのは黒尾だった。
確かにそれを背中で聞いたような気がする。
「そこまで濡れてたら、傘なんて意味無いんじゃないですか?」
楽しそうに笑った月島はそのまま歩き出そうとしたので、黒尾は慌てて引き止めた。
「い、一緒に帰ろーぜ」
「嫌です」
「なんで!」
「自分がどんな姿をしているのか、知ってます?」
「傘、入れてよ」
眉間の皺がさらに深くなっていく。
月島は鏡のような部分がある。
怒りをぶつければ怒りを。
優しさを与えれば優しさを。
それぞれ返してくる。
「傘なんて、必要ないみたいですけど」
溜息を零しながら、ほんの少しだけ持っていた傘を傾けてくれた。
「ツッキーと相合傘!」
ひょいっとその下に入って、追い出されないように月島の手ごと傘の柄を掴んだ。
「ちょっと!」
「皆、自分のことしか見えてないから」
雨の中、他人を気にする人はいない。
ふと、足元を見れば、月島の靴は色が変わるほど濡れていた。
よく見れば眼鏡も濡れている。
傘をさして歩いているだけであれば、こんなに濡れることもないだろう。
「ツッキーは、なんで駅にいんの?今日休みだっただろ」
「……、買い物があったので」
「いつもは俺に電話かメールしてくるのに?わざわざ、自分で?」
「……傘、いらないみたいですね」
「いる。ツッキーごと傘、欲しい」
ぷいっと顔をそらした月島から本当に突き放されるのは困ると、黒尾はぎゅうっと握る手に力を入れた。
「痛いんですけど」
「ツッキー愛してる」
「バカですか」
「そこは、僕もですって返してくれるところだろ?」
「傘ごと捨てますよ?」
「あ、待って、待て。早まるな」
空いている方の手で本気で殴られそうになる。
「今日さ、思ったより早く帰ってこれたからさ。駅前のケーキ屋の、限定のやつ、買えたから」
「……それのせいで雨に降られたんですか?」
「ご名答」
「本当にバカじゃないの」
「おかげでツッキーに迎えに来てもらえたし、相合傘もできたし、俺は幸せですけど?」
へらっと笑って月島の顔を覗き込めば、少し照れたように目を逸らす。
もっと素直になってくれてもいいのにと思うけれど、仕方が無い。
「この豪雨の中、ケーキの箱だけは死守したから褒めて?」
「……、コーヒーは僕がいれますよ」
諦めたように苦笑した月島に黒尾はつられたように笑った。
雨は、いつの間にか小降りになっていた。



終わり

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「遊び」「本気」「嘘塗れ」


携帯電話が鳴り続ける。
出たくなかった。
音を消すことができないくせに、電話には出られなかった。
電子音がずっと、延々と、鳴り響く。
耳を塞いでも聞こえるそれは、後悔の音か、懺悔の音か、はたまた希望の音か。
音が、黒尾の声に変換されて、脳内を巡った。
『電話、出ろよ』
聞きたくないよ。
ベッドの上でうずくまったまま、月島は目を閉じていた。
(遊び……だったんデショ)
甘い言葉も優しさも。
全部全部。
(何も知らない僕を騙すのは、さぞかし楽しかったでしょう?)
笑えてただろうか。
最後は。
いつものように、にっこりと、笑えてただろうか。
声は震えずに言えていただろうか。
目の前にいたはずの人がどんな表情をしていたのか、思い出せもしなかった。
気が付いた時にはすでに手遅れだった。
こうして枕を抱えているこの全身のほとんどが、すでに侵されて、いまだに意識は一人に集中してばかりいる。
途切れない着信音。
電池が、切れたら、終わる、だろうか。
泣いてはいない。
涙は出ない。
(本気、だったのかな?)
自分の気持ちさえ、疑ってしまう。
冷静ではない証拠だ。
感情的に怒り、悲しみ、苦しんでいる自分を客観的に見ている自分がいる。
そうして、冷静な自分は、電話に手を伸ばせと誘うのだ。
嫌だと首を横に振れば、電話の音はさらにボリュームをあげた。
そんなはずはない。
耳が、痛かった。
『好きだ』と言った。
『愛してる』と囁いた。
その眼差しも声音も全て、嘘濡れの世迷言だったのか。
(本当に?)
震える指先で携帯電話を掴んだ。
表示されている四文字。
(もっと簡単に嫌いになれたら、こんなに苦しまずに済んだのに)
溜息と共に気持ちも消えてなくなればいいのに。
まだ震えたままの指で、通話の二文字に触れた。
『好きだ。嘘じゃない。本当に好きなんだ』
怒鳴る声。
あまりの大声に反射的に携帯電話を投げ捨てた。
(……耳が、痛い)
よく聞こえないけれど、まだ、ずっと、何かを叫んでいるようだった。
一体どこにいるのか。
「……うるさいんですけど」
電話もあなたも。
『どうしたら、信じてくれんの?』
「嘘、だったんデショ?」
『まさか。お前に関しては全部本気だった。これからも』
「都合のいい遊び相手って言った」
『なんでそこだけ信じるんだよ』
「本気だから」
『……愛してんの、お前だけだよ、蛍』
「嫌いになりたいんだけど」
『おい』
「嫌いになれないの、責任とってよ」
『……任せろ』
本気と遊びの曖昧な境界線に惑わされながら、その言葉に嘘は無いと信じたかった。



終わり


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