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KTTK111のオフ活動のお知らせや短編置場、時々雑談。
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あの日は空を見ていた。
メールが届くより先に綺麗な満月を見ていた。
同じ、空を、見ていた。


黒尾は、特に意味のない写真を撮っては月島に送っていた。
野良猫、神社の鳥居、体育館の屋根。
ふと、目に付いたものを写して、メールを送信する。
返事があればいいなとは思う程度の、ことだった。
理由を聞かれることはきっとない。
月島のことだ。
本当に知りたかったら電話をした時かもしくは次に会った時に直接聞いてくるだろう。
それが、ない。
かわりに、同じような写真が送られてくるようになった。
柴犬、狛犬、校門の影。
言葉はひとつもないというのに、まるで、会話をしているようだ。
月島の見ているものを見ることができる。
月島が、何を思って写真を送ってるのかはわからないけれど、黒尾としては半分狙い通りだった。
遠く、離れている分、知らないことしかない。
知らないことを教えたかった。
自分が今、見ているものを月島にも見て欲しかった。
一緒にいない代わりに。
最初の写真を送った理由は、それだけだった。


ただの思い付きだった。
部活の休憩中、水呑場で顔を洗った。
銀色の水道の蛇口は、どの学校にもあるものだ。
でも、今、自分の見ている蛇口は、月島の、烏野高校にはないものだ。
そう思ったら、写真を撮っていた。
ほとんど返信の来ないメールに言葉を尽くしてもきっと伝わらない。
だから、視覚に訴えてみたらどうだろう。
一枚目。
反応がないのは、予想通りだ。
少しくらい、なんだこれはと思ってくれただろうか。
呆れた顔と溜息の音を想像したらなんだかおかしかった。
天気が良かった。
青空がきれいだった。
二枚目。
暑い日差しから逃れるように駆け込んだその大木は欅だった。
三枚目。
帰り道。
足元を見たら真っ黒な影が長く伸びていた。
四枚目。
ちゃんと、届いているのだろうか。
写真だけでなく、それ以上のものが。
待てど暮らせど返信はない。
(……期待はしてなかったけどな)
頑なな人を想って笑う。
他に思いつかなかったので、手のひらを撮ってみた。
五枚目。
送った写真を見て、何を思ったのか、聞いてみたい。
聞いたところで素直に答えてくれはしないだろうけれど。
次に会える日が待ち遠しいと思ったのは、初めてだった。
帰り道、空を見上げたら三日月があった。
空は、繋がっている。
月も太陽も星も。
今日の天気予報は全国的に晴れだったと、朝の記憶を呼び戻す。
同じ、月を、見ればいい。
黒尾はメールを打った。
『空、見てみろよ』


離れていても、そばに、いたかった。



終わり

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バレーボールの写真が届いた。
もう駄目だなと思った。
聡い人は、いつだってこちらの意図を難なく読みとってしまう。
それが、故意でなくとも。
使い古された傷と汚れだらけのバレーボールは、きっと練習後に撮ったものなのだろう。
同じものであり、異なるものだ。
(共通しているのは、バレーボールだけだ)
どうして、僕が、ひまわりと教科書とバレーボールの写真を送ったのか、わかっていますか?
実際にその理由を問われたとしても答えはしない。
水道の蛇口、青空、欅の枝、足元の影、手のひら。
暗号のように届いた写真に答えがないのと同じだからだ。
ただ、勝手に、同じものをシンクロさせただけだ。
自分が。
自分の脳が。
視覚からの情報はダイレクトに脳へと伝達され、そのまま膨大な情報から、似て異なるものを瞬時に導き出す。
知らないふりをしていたい。
知らないままでいたい。
考えたくない。
そう思っていることをあなたは知らない。
(ほら、また……)
気がつけば黒尾のことばかり考えている。
その時間が日々増えていく。
(すぐに、会えない、ことに、耐えられない……かもしれない……)
経験の無いことを考えても仕方がない。
それでも。
声も熱も顔も。
まだ、覚えていることに安堵する。
携帯電話を手にして、何度も見たメールをまた確認する。
黄色の花の写真。
烏野高校の花壇にも同じ花が咲いているのを知っていた。
ガザニアという花だ。
黄色の鮮やかな花びらがひまわりのようだった。
次に届いた教科書の写真。
東京に限らず、学校が変われば教科書も変わる。
見たこともない表紙の柄に中身まで気になってしまう。
思いのほか雑に扱われている様子が見てわかった。
(きっと、机かロッカーに入れっぱなし……)
そうして、些細なことを想像し、苦笑する自分がいる。
認めたくなかった。
自分がそれを認めてしまったら、きっと、我慢できなくなるかもしれない。
溜息を一つ。
ヘッドホンから流れる好きな音楽に耳を傾け、ゆっくりと瞬きをした。
それから空を見上げた。
先日見た、細く欠けていた月が満ちている。
あの日から、何日も過ぎていた。
目まぐるしい日々の忙しさに、忘れられたらもっと楽になれただろうにと思わずにいられない。
一行だけ、メールを送る。
『空、見てますか?』




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ひまわり、教科書、バレーボール。
間違いか、はたまた他の意図があってことか。
月島から写メが届く。
文面はなく、ただ写真だけが添付されている。
自分がそれをしたときは、頑なに返信を寄越さなかったくせに、なんなのだろう。
写真のどこかに答えは隠されていないかと、注意深く見てはみるものの、きっとなにもない。
この写真はなんだ?と問うのは簡単だった。
ただ、答えは返ってこないだろう。
結局、その問いかけすらも宙ぶらりんに浮かんで、消えずに残る。
(元気そうで良かった)
便りがないのは元気な証拠というけれど、この現代社会でメールの返信ひとつないのは、どうかと思う。
天邪鬼気味であることはわかっているが、それでも、返事が欲しい時だってあるのだ。
一方通行はつまらない。
ひまわりの写真を眺めて、それから、校内でひまわりを探そうと裏庭から校庭から、昼休みを潰して歩き回った。
さすがにひまわりは見つからなかったが、かわりに花壇に咲く黄色の小さな花を見つけた。
花の名前はわからなかったが、ひまわりみたいな鮮やかな黄色がきれいだと思った。
その花を携帯電話で撮って、そのまま月島にメールを送る。
ちょうど、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴った。


放課後、教科書を机に片付けている時に、ふと思い出して、写真を撮る。
届いた教科書は数Ⅰだったのを懐かしく思ったのだが、現実は厳しい。
教師の言葉が時々呪文のように聞こえるから、振り落とされないようにしなければならない。
春高を目指すと最初から決めていたが、その想いが強くなったのは、GWの遠征を終えた後だ。
いままで、伝承のようなものだったゴミ捨て場の決戦がいきなり現実になった。
自分にとっては最初で最後のチャンスを逃したくなかった。
もっともそこで得られたものは、それだけじゃなかったのだけれど。
猫と呼ばれる自分たちよりも余程猫っぽい。
なかなか懐かないが、手を伸ばせば距離をはかりつつ、近寄ってくる。
学校の敷地に住み着いている野良猫そのものだ。
(近ければもっと別の方法もあるんだろうけど)
東京と宮城。
距離は約350km。
もっと離れているに違いない。
ただでさえ、遠く離れているというのに、メールのやりとりすらままならないのだから、野良猫以上に厄介だった。
それでも。
なんとなく思いついて送った写真攻撃は、功を奏したらしい。
返信があるだけありがたいと思ってしまうのだから、どうにも本気になりつつあるようだ。
気が付けば、こうして月島のことばかり考えてしまう時点で相当のめり込んでいるのは間違いない。
冷静に自己分析しつつ、黒尾は部室に向かった。


練習の終わり。
思い出したように黒尾はバレーボールの写真を撮った。
きっと、これが正解なのだろう。
帰り道、その写真をメールで送って、空を見上げた。
先日まで細く欠けていた月は、いつの間にかまんまるになっていた。
きっと、同じ空を見ている。
離れていても、それがわかるだけで、嬉しかった。



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時々、写真が届く。
水道の蛇口。青空。欅の枝。足元の影。手のひら。
最近、黒尾からよくわからないものが、ぽつ、ぽつ、と届く。
東京と宮城。
距離は約350km。
決して、近くはない。
その距離を超えて、写真が届く。
メールアドレスを交換したのは失敗したかなと思うのは、水道の蛇口を見た時にその写真を思い出したからだ。
(ああ、侵食されている)
脳が。
じわじわと、意識させられていく。
青空を見上げて、空の色が違うと思った。
(ほら、また……)
意地でも返信をしないと決めていた。
きっとそれも狙っているのかもしれない。
相手に、なんの意図がなかったとしても、それでも、写真が届くという事実は変わらないのだ。
帰り道、生い茂る欅の木の下を通る。
風に揺れる枝がさわさわと葉擦れの音をたてた。
夜になっても暑さが続く。
額から汗が一筋、零れ落ちた。
外灯の下、足元の影がゆらりと伸びていく。
『ツッキーは細いから影も細いな』
笑う声が耳元で響いた。
(……うるさい)
ヘッドホンで遮断しようにも、その声は内側から聞こえる。
どれもこれも、きっとこの手のひらだって、全部。
脳に記憶された写真が重なった。
無骨な、けれど、鍛えられた手のひら。
身長は同じくらいだというのに、厚みが違う。
握られた熱まで思い出しそうで、自分の手のひらから目を逸らす。
もう、どこを見ても全部、それだ。
(いやだ……な)
じわり、じわりと、少しずつ、少しずつ。
知りたくない感情がやってくる。
そうして、また、携帯電話がメールの着信を伝えた。
見たくないと思いつつ、それでもポケットから取り出した。
『空、見てみろよ』
写真の添付はなかった。
ただ、それだけが、一行。
指示されるままに空を見上げてしまったことを、これほど後悔したことはない。
(ばか、しね……)
息苦しさがぎゅうぎゅうと胸を締め付ける。
震える手を隠して、その場にしゃがみこんだ。
群青色から紺色へと変わる空のその境目に、三日月。
同じ、ものを、見ていた。



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「……だ」
そう、黒尾が言ったのを月島は聞き取れなかった。
正確には、聞こえていたけれど理解できなかった。
最初に浮かんだのは、嫌悪感でも不快感でもなく、ただ、ただ、不可解だということだ。
男だからという性別的な差別は、この時代にそぐわない。
それは、わかっている。
だから、嫌悪感も不快感もない。
唯一、記憶に残っているのは、「なんで、僕なんですか?」という疑問だった。
特別なことは何もしていない。
むしろ、相手にとって生意気で腹立たしい相手であったのではないか?
個人的なことを話したのは一度だけだ。
たった、それだけで理解されたとは思えない。
「じゃあ、付き合いますか?」
未知への探究心がなかったと、否定はできない。
そもそも、黒尾が言った言葉を単語としての意味はわかっていても知らないのだ。
「……いいのか?」
「僕も黒尾さんのこと嫌いじゃないですし。付き合ってみないとわからないこともあると思うんです」
そう答えた。
半分と言うよりほとんどが好奇心だった。
感情より勝る未知との遭遇。
おかげで、繰り返し伝えられるその二文字の意味を理解しないまま、手を繋ぎ、唇を重ね、体を重ねた。
最初こそ、苦痛を伴うその行為から逃げ出したかったけれど、黒尾の見せる優しさに流され、ほだされたというのだろうか。
その特別扱いの優越感が心地好かった。
繰り返すうちに、体が先に快楽を覚えた。
(セックスは、嫌いじゃない)
直接触れ合う肌も体温もその匂いも。
嫌いじゃなかった。
だからこそ、いま、目の前の現状を受け入れたくなかった。
目の前には広いベッドがひとつ。
そして、ガラス張りの浴室。
どこからどうみても、デートホテルと呼ばれる一室である。
どうして、ここにいるのか。
全く記憶がない。
「ツッキー、どうする?」
本来、東京と宮城で離れているはずの黒尾もなぜかここにいる。
手にした白い紙に書かれた黒い文字。
(……夢?)
これは、都合のいい夢なのかもしれない。
そうだとしたら、悪夢だ。
月島はその文字を見つめて溜息を吐いた。
「セックスしないと出られない部屋なら簡単だったのに」
白い紙に踊る文字に眩暈を覚える。
『相手に好きと言えばこの部屋から出られます』
好きと言わなければ、一生出られないのだ。
「ツッキーはそんなに俺のこと嫌い?」
黒尾はその紙を持ったまま笑った。
嫌いと言ったことはなかった。
それでも、その二文字は、できることなら死ぬまで言いたくなかった。
軽い気持ちで伝える相手ではない。
かといって、それを認められるほど、理解もしていない。
未知との遭遇。
いま正に直面している。
「嫌いだったら、付き合いませんし、セックスなんてしませんよ」
「嫌いでもできるんだよ」
「僕は、したくない」
冗談なのか、本気なのか。
黒尾の言葉はいつもふわふわとシャボン玉のように軽く浮かんで消える。
(それはきっと僕のせいだ)
自分の気持ちが曖昧なまま、付き合ってもいいと言った自分が、いつでも逃げ出せるように。
「じゃあ、するか」
「え?」
「ベッドしかねえし。やることひとつだろ」
「黒尾さんは、この部屋から出られなくてもいいんですか?」
「ツッキーがいるから、一生ここで暮らしてもいーよ」
本気と冗談と嘘の境目がぼんやりとしている。
表情だって、いつも口角を上げて楽しそうに笑うだけだ。
「僕は、言いたくない」
「じゃあ、俺も言わない」
黒尾がぎゅうっと抱き締めてくる。
重なる体温と心音。
ほっと息を吐いて、月島は黒尾を抱き締め返した。
たった二文字。
嘘でも言えば、楽になれるかも知れないと言うのに。
その二文字を言わないことで、こうして繋ぎとめられていると思ってしまう。
本当は、もっと、見合う相手がいるはずの人が、自分を選んだ。
理由は今でもわからない。
それを知りたくて、付き合うことにした。
遠く離れた地でお互いの日々を過ごし、数ヶ月に一度会う。
これで付き合っているというのだろうか。
心変わりはしないのだろうか。
(その気持ちがわからないから、続けていられる)
認めてしまえば、きっと、別れが苦しくなってしまう。
知らないままなら、ほら、やっぱり何かの間違いだと、諦められる。
いつのまにか、その二文字は、認めてはいけない感情に変化していた。
会えない日々。
つのる想い。
そして、不安。
それらにがんじがらめにされないように、蓋をして、鍵をかけて、隠した。
(言えるわけがない)
言ってしまったら、きっと、耐えられない。
誰かと、一緒にいる、黒尾のことを考えたくなかった。
「黒尾さん」
呼べば、優しく、甘く唇を重ねてくれる。
付き合っているという枷が、唯一の救いとなっていることも頭の片隅に閉じ込めたかった。



終わり

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八月末の日曜日。
まだ、夏は続いている。
蝉の声がやけに煩い。
流れる汗が頬を顎を伝い、地面に落ちる。
ドリンクボトルで水分を補給しながら、月島は自分の足元を見た。
濃い影が短く、木陰の中に溶け込んでいた。
(暑い)
ただ、それだけを思った。
賑やかな歓声が少し離れた場所であがる。
緩慢な動きで、日差しの下に踏み出して、騒がしい集団の隅に音もなく立つのは、関わりたくないからだ。
必要以上は。
そうして、ぼんやりと、底の無い体力に呆れながら、首にかけたタオルで額の汗を拭った。
「混じんねぇの?」
ゆるりと、足音もなく、気付いたら隣りにやってきていた人を見る。
見下ろすこともない身長は、すぐに目が合うから苦手だった。
同じように汗を流し、色の濃いTシャツは半分その色が変わる程、今日はここ数日で一番暑い。
「無駄に体力を消耗したくありませんから」
「今日は暑いもんなぁ」
じりじりと照るつける日差しを眩しそうに見上げて、目を細めるその横顔を眺めた。
「ん?」
特別、何かを感じる程ではない。
随分と見慣れたとは思う。
こうしていると、ネットを挟んだ時に感じる威圧感はどこにもなかった。
音駒高校、バレー部主将、ミドルブロッカー。
知っている情報が意味もなく流れていく。
多分、暑さのせいで脳が誤作動してるに違いない。
「俺に惚れた?」
「まさか」
そんなわけがない。
嫌うならまだしも好意を持つことなどあるのだろうか。
ただ、どんな態度を取ってもどんな表情を見せても、通用しないというのは、わかる。
「暑くても、苦しくても、今年の夏は今年だけだ」
独り言のようで、それでいて、誰かに言うようで。
声が脳内に響いて、煩かった。
「そうですね」
一度きりの、夏。
どんなにはしゃいでも、どんなに必死になっても、容赦なく日々は過ぎていく。
だからこそ、必死になる理由も必要性も、見出せなかった。
隣りからの視線に気付いてみれば、驚いたという表情をしたままこちらを見ていた。
「なんなんですか」
「俺、お前のことまだ何にもわかんねえわ」
「……そうでないと困ります」
「もっと教えろよ」
「丁重にお断りします」
「つれないねえ」
「意味がわかりません」
何がとか何処がとかには興味がない。
それでも、きっと、自分には理解できないところで、何かをしたのだろう。
(面倒くさい)
相手をするのも気を遣うのも、全部。
ただでさえ慣れない暑さと環境にうんざりしているというのに。
顔色を読まれて、空気を読まれて、そうして、様子を伺ってくる人が、苦手だった。
「俺の事嫌い?」
「好きでもないのに嫌う理由がありません」
「でも苦手だろ」
「そーゆーところが、とても」
「正直」
「はっきり言った方が伝わると思いました」
「俺は、そーゆーところが、好き」
「は?」
へらっと本気か嘘か冗談かわからない顔で、黒尾は目を丸くする月島を見ていた。
もっと何かを言い返せば良かったのだけれど、その言葉に月島は酷く動揺してしまった。
目の前がゆらゆらと揺れる。
目眩が、する。
蝉の声が煩い。
「夏は嫌い?」
「暑いので」
答えれば、やっぱりと言って笑う。
この人は、本当に良く笑うのだと、思った。
「俺は嫌いでも好きでもない。でも、今年の夏は好き」
「……」
「ツッキーと一緒に過ごせただろ」
にやにやと笑うから、やはり本気かどうかをはかりかねて、返答に困るのだ。
本気でも嘘でも冗談でも、どうしようもないのだけれど。
「使い古された口説き文句ですね」
「惚れた?」
「まさか」
呆れ果てて、言葉もない。
素っ気のない対応をしても変わらない様子が本当に理解不能だった。
それでも、気付いていることが一つだけある。
認めたくはないので、気付かないふりをする。
(あなたのいるこの場所が落ち着くなんて……)
次の合宿の予定がふと、脳裏をよぎった。
夏が、終わる。
目線だけを隣りに向ければ、ふ、と優しく笑う顔があった。
好きでも嫌いでもないけれど。
あと少しだけこの夏を---良かったのに。



終わり

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お互いに好きだとわかっている状態で、残りの一歩を踏み出す為にどれくらいの想いが必要なのだろう。
 月島はぼんやりとそんなことを考える。夏の暑さが嘘のように、冷たい風が吹き抜けていく体育館の外はすでに夜の闇に包まれていた。体育館の明かりが開いた扉の形と同じ様に四角形に地面を照らしている。少しだけ静かにすれば、鈴虫かコオロギか、虫の音が聞こえてくる。先月まではセミの声がうるさかったというのに。
 気温が下がると共に静けさを連れて、秋は夏を見送った。
 ドリンクボトルを手にして、月島は足元の小石を蹴った。体育館の中ではまだ木兎がスパイクを打っているし、コートに叩きつけられたボールの音が外にまで響いた。
 四角形の光が人の形の影で遮られた。人影は月島の隣りに並ぶと、ほら、と手を差し出してくる。その手を握れば全てが丸く収まることもよくわかっていた。だから、月島はその手を握りたくなかった。
「なんで?」
 そうして、手を差し出したまま黒尾が首を傾げる。全部上手くいくんだったら、それでいいだろ、と言う。
「上手くはいきませんよ」
 月島は答える。隣りに並ぶ黒尾の顔も見ず、足元の小石を蹴った。転がった小石は側溝に落ちた。
「怖い?」
「……怖い、のかな」
 正直に言えば、よくわかりませんと、もうひとつ小石を蹴った。今度は真っ直ぐに転がって、見えなくなってしまった。
「俺がいるのに」
 その自信はどこからやってくるんですか、と拗ねたように言ってしまったが、黒尾は気にしていないようだった。
「ツッキーが俺のこと好きだからだろ」
 自信なんて、やってくるのを待つんじゃなくて、自分で作るものだろと黒尾は笑う。そんなに簡単なことじゃないのに、黒尾が言うととても簡単なことのように思えた。作り方があるのなら、教えて欲しいと、月島は思った。口にはしなかったけれど、今、小さくてもかまわない。その手を握り返せる自信が欲しかった。
「俺がツッキーのこと好きだってことは、自信にならない?」
「なりません」
「即答かよ」
「……信じては、います」
 足元にはもう小石はない。
 黒尾に好きだと言われるたびに心臓は目覚まし時計のようにけたたましく鳴り響いた。傍にいる黒尾にも聞こえてしまうのではないかと思うほどに、判断力は鈍っていく。爪先から指先、そして頭のてっぺんまで、熱が上昇していくのだ。全身で、嬉しいと恥ずかしいを叫んでいるようだった。
「それなら、いいよ」
 黒尾はあと数センチ手を前にだせば、月島の手を握ることができるのに、それをしない。月島が手を伸ばすのを待っているのだ。
(ずるいな……)
 待たせる自分も待つ黒尾も、きっととても焦れったいように見えるだろう。実際、自分が当事者でなければ、そう思って呆れていたに違いない。
(なにが、怖いんだろう?)
 月島は自分の足元から少しだけ視線を隣りに移す。黒尾の指先が見えた。自分よりもひとまわりほど太い指。厚いてのひら。触れたことなど何度もあるというのに、その手を握ることができない。
「ツッキー、好きだ」
「知ってます」
 だから、こうして隣りにいるのだ。
「僕も好きです」
 言葉で答えることは簡単なのに、その手に触れることができない。
「知ってる」
 黒尾が声を出して笑う。たぶん、嬉しそうな顔をしているのだろう。顔をあげることさえできなくなって、目の前は茶色くて硬そうな地面しか見えない。
「なにが、怖いんだよ」
 月島がずっとぐるぐると考えていたことを聞かれて、ますますわからなくなっていく。
「なにが、怖いのかわからないから、怖いです」
「そっか。じゃあしかたないな」
 体の前に緩く指先で組んでいた月島の手を解くように、その左手首を掴んだ。
「黒尾さん」
「こうすれば、怖さも半減するだろ」
 指を絡めてぎゅうっと握り締められた。指先もてのひらも、ただ、熱い。
「どうして?」
「ツッキーがなにを怖がってんのかわかんねえなら、こうして繋がれば怖いものが伝染するんじゃないかと思ってさ」
「そんなに簡単に伝染するわけないじゃないですか」
「わかんねえよ?」
 ぎゅうぎゅうと握られた手が痛い。
「ツッキーの手が熱いのか、俺の手が熱いのかわかんなくなっちゃったな」
「それがなんだって言うんですか」
「同じくらい好きってことだろ」
 握った手を持ち上げて、黒尾が月島の手の甲にちゅっと唇を落とす。一気に熱が上昇したような気がした。
「なにが、怖いって?」
「黒尾さんが」
「俺?」
 思いがけない答えだったのか、黒尾が目を丸くする。その様子がおかしくて、月島は笑った。
「こうやってさ、手を繋いで、熱を分け合って、好きだって言えたら、いいなって思ってる」
「いつまで?」
「無期限」
「やっぱり、黒尾さんが怖いです」
「はっきり言うなよ、傷つくだろ」
「だって、心臓がうるさいんです」
 手を繋ぐ前から、ずっとうるかった心臓の音が、内側から響いている。鼓動のリズムに合わせて、時々混ざる好きという二文字が脳まで侵食しているようだった。
「なあ、ツッキー」
「はい」
「なんで、俺のこと好きなの?」
「黒尾さんだからです」
 即答するのは、それが正しくて、それ以外の答えがないからだ。黒尾鉄朗が黒尾鉄朗だったから、好きになった。理由や原因を考えても後付けでしかないし、それはきっと、言いわけが含まれてしまう。家族や友達の好きとは異なる好きという感情が、それらとは違うということ以外いまだに良くわからない。けれど、こうして繋いだ指先の熱に支配されるような感覚は黒尾が相手でなければ知り得ないことだというのは、わかる。そして、それが、嫌でもないということも。
「……」
 黒尾からなんの返答もなかったので、月島はそっと横を向いた。体育館の明かりを背にしていたので良く見えなかったけれど、黒尾は耳まで真っ赤に染めていた。
「なに、を、照れてるんですか?」
 そんな反応をされるとは思ってもいなかった月島は驚くとともに、黒尾に照れを移される。
「ばっか、お前、今、なにを言ったのかわかってんのか?」
「え?」
 照れ隠しなのか、繋いだ手をさらにぎゅうっと握られて、少し痛かった。
「黒尾さん、痛いんですけど」
「……あ、悪い」
 ふ、と力が緩むと同時に、先刻よりもずっとてのひらが熱い。
「俺のことが好きなのに、なにが怖いんだよ」
 もう一度、黒尾が言う。
「それがわからないから、怖いんだと思います」
「俺はツッキーが好きだ。この気持ちは変わらねえよ、俺が決めたんだから。お前が怖がることなんて、ないんだ」
 二年の経験の差は、ここにあるのかと、月島は思った。どんなに努力をしたところでどうにもならない、二年の差。それが、この強さなのであれば、二年後の自分はこうして笑えるのだろうか。
「黒尾さん」
「ん?」
「怖くなくなるまで手を繋いでてください」
 好きという感情から派生した恐怖から黒尾が救い出してくれるだろう。踏み出せない一歩を待ってくれる優しさがあれば、一歩を踏み出すように背中を押してくれるのもまた優しさに違いない。
「いいよ」
 まるで、あの日の夜のように、あっさりと黒尾は言った。
 繋いだ手の熱は、もうどちらのものかもわからないくらい混ざり合って、ただそこにあった。



終わり


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そっ、と。伸ばした指先で触れた首筋が、思いのほか冷たくて、驚く。
流れた汗を拭っても溢れてくるからか、肌が冷えるのだろう。
「なんですか?」
視線を前に向けたまま、静かな声が響いて、鼓膜を揺らす。
低すぎないその落ち着いた声音が優しい。
「噛みつきたくて」
「変態デスネ」
色白い肌の、血管が透けるようなうなじに見惚れる。
「きっと紅い色がキレイに映える……」
「好きですね、ソレ」
溜息ののち、手にしたドリンクボトルで水分を補給する。
水分を飲み込む喉の動きが、別の生き物のようで艶かしい。
「ソレ?」
「血液」
ふ、と、口角を斜めに上げて笑う。
そうして、小馬鹿にするときが本当に楽しそうで、性格が悪い。
「大事だろ」
生きるために。
生き残るために。
その流れを止めてはならない。
「ソウデスネ」
ちっともそんな風に思っていないくせに、するりとそう言える。
瞬時にその場の空気を見極めて、必要な言葉を取り出すことができる賢さは、もっと有効に活用できるのではないか。
セミの声が煩い。
夏の日差しが熱い。
そうして、鬱蒼と茂る木々の葉を揺らす風は待てども待てども一向に吹かない。
短い休憩時間に、ろくな会話もないまま、ただ汗だけが流れ落ちていく。
「ねえ、メガネ君はさ、なんでバレーボールしてんの?」
セミの声がひときわ大きく鳴り響く。
まるで、騒音だ。
「なんででしょうね」
まともに相手をする気もないらしく、表情ひとつ変えずに、用意された答えを放つ。
木兎にバレーは楽しいかと問われ楽しくはないと答えただけはある。
楽しくはないのに、どうして、バレーをしているのだろうか。
どうして、貪欲にその技術を吸収していくのだろうか。
「黒尾さんは、どうしてバレーボールしてるんですか?」
深い意味はきっとなかっただろう。
同じ質問をされ、黒尾は笑った。
「俺に興味あるの?」
「……、あまり」
「正直だな」
すっかり油断していただろう、月島の隙を見事に衝いて、黒尾はその唇に触れた。
薄く乾いた唇は、酷く冷たかった。
近付いた双眸は大きく見開かれ、ただキレイに輝いている。
「意識、したくなるだろ?」
戸惑い、怒り、そして、照れ。
そんな感情が月島のガラス玉のような目の中に渦を巻いた。
「まさか」
「思ったより冷静?」
動揺をほとんど見せない月島の強がりとポーカーフェイスに感心しながら、それが逆効果だと知らない幼さが愛しい。
「殴らなかっただけ優しいデショ。からかうのもいいかげんにしてください」
「本気なんだけど」
穏やかな笑顔のその目の奥に、一線の光を宿した瞬間、それは月島の声を奪った。
もう一度、今度はその額に優しく唇を落とす。
そうして、数秒後、呆れたのか諦めたのか、目を伏せた月島が溜息を吐く。
「悪趣味ですね」
「紅い痕、つけたいって言っただろ」
「どうして、僕なんですか?」
「初めて会った時から君に決めていました」
「信じませんよ」
「残念」
本当と嘘を混ぜたような会話にセミの声が邪魔をする。
もうすぐ休憩時間も終わるだろう。
「月島」
「はい?」
反射なのか、素直でかわいい返事をするので、黒尾は堪え切れずにぶはっと吹きだした。
「なんなんですか」
不満を露わにして、月島がタオルを掴んで立ち上がった。
「かわいくないな」
「高校一年の男子にかわいさを求めないでください」
「そこが、かわいい」
「……悪食ですね」
上から冷ややかに見下ろされて、黒尾は眩しそうに目を細めた。
逆光に惑わされて、その表情が良く見えない。
「そうでもない」
どちらかといえば、美食じゃないか?
その答えを聞くより先に、月島は体育館へと歩き出していた。
誰かが呼びに来る前に戻った方がいいだろうと、黒尾も立ち上がった。
昼を過ぎれば、きっと、もっと暑くなる。
見上げた空は夏の青色だけが広がっていた。
セミが騒がしいのも今のうちだ。
流れ落ちる汗をタオルで拭い、真っ直ぐに伸びた背中を追いかけた。



終わり


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月島編

『おかえり!
 連日の雪はやんだか?
 もっと寒くなるなんて信じられない。
 すげーな。
 気をつけろよ、風邪ひかないようにさ。
 ツッキーは元気?』

ただいま、と帰宅した月島に母親から葉書届いてるわよと声が掛かる。
月島は下駄箱の上に置かれた、白い官製はがきを手にとって裏返した。
ヘタでもなく、かといってうまくもない文字が真ん中に並んでいる。
油性ペンで書いたであろう太さのその文字は、最後に黒尾という二文字。
その後ろにたぶん猫を描いたのだと推測される黒い物体が添えられていた。

(50円もかける意味がわからない)

月島はその葉書を手にして、一旦自室へと向かった。
黒尾からその葉書が月島の元に届くようになったのは、1月の終わりだった。



冬の合同合宿の際、年賀状を出し合おう!ということになったのは、何故だかいまだにわからない。
誰が言い出したのかわからないが、その場にいた人間全員が巻き込まれた。
各校の住所録をマネージャーたちが人数分作ってくれたおかげで、逃れることもできなかった。
悪用すんなよ!と冗談混じりに念を押す先輩たちを見ながら、だったら、こんなばかげたことをノリノリでしなくてもいいのではないかと、乾いた息を吐いたことは覚えている。
面倒ではあったが、決まってしまったものはしかたがないと、月島は人数分の年賀状を買い、送った。
そして、迎えた三箇日。
高校一年にして初めて、自分宛の年賀状が一センチの厚さを超えた。
あの場にいた5校のバスケ部員のうち、年賀状を出さなかった者が一人もいなかったという。
呆れるほどの連帯感である。
多分、もう二度と同じ面子で顔を合わせることはできないだろうという、一種の感傷のようなものが、あの場にはあった。
夏から冬にかけての半年間。
繰り返し繰り返し、ただひたすらに試合をし続けた。
ライバルであり、同志でもあったのだろう。
いまだその気持ちを感覚として納得はできていないが、理解はできる。
だからこそ、年賀状というささやかだけれど形に残る繋がりに皆が無意識に手を伸ばしたのかもしれない。



そんな経緯もあって、黒尾が月島の住所を知っていてもなんら不思議はない。
が、謎なのは、届くようになった葉書である。
絵葉書でもなんでもない、郵便局に売っている官製はがきだ。
メールでもかまわないような内容が数行。
時には豪快に、時には小さく、綴られて届く。
二月の半ばで、すでに3通目だ。
あまりにも返事に困る内容で、スルーしてしまえば簡単に解決するはずだった。
黒尾の意図していることがわからないし、かといって問い質すのもおかしい。
ただの息抜きの遊びなのかもしれないが、これを書いて投函する方が手間なのではないのだろうか。
そもそも、3年で部活を引退した彼は、紛れもない受験生なのである。

(あ、でも、推薦とかだったかな……)

曖昧な記憶なのは、さして興味がないのと、あえて意識をしないようにしている結果だった。
大学という未知の世界に行ってしまうことを仕方ないと諦めつつも奥底にくすぶる寂しさを隠すためだ。
葉書というものは、メールと違って、目の前に形がある。
手書きの文字の強さは、眺めているだけで、いやでもこの文字を書いた相手の顔がちらつくのだ。

(……面倒くさい)

月島は机の上にその葉書を置いて、部屋を出た。



黒尾から初めて届いた葉書には、『元気?』のみという、大変シンプルなものだった。
宛名の方に黒尾とだけ書いてあった。
その日の月島の記憶によれば、前日の夜に10分ほど電話で話したことに間違いはない。
さらにその前日にもメールでやりとりをしていた。
元気であることは誰よりも黒尾が良く知っているはずなのだ。
電話では葉書について、何も言っていなかった。
その時にスルーをしてしまえば良かったのだと、今更後悔をする。

(まさか、定期的に届くようになるなんて思わなかった…)

元気?との問いに、メールで返事をしてしまえば良かったのだ。
けれど、月島は黒尾からの葉書に対して葉書で返事を送ったのである。
元気であるということ、雪が積もったということ、そして、受験勉強がんばってくださいということ。
たいして大きくもないあの白い葉書を文字で埋めるのは容易ではなく、中途半端な空白を残したままポストに投函をした。
それから数日後、電話がかかってきたけれど、黒尾は葉書について一言も触れなかった。
だから、月島もあえて葉書のことは気にしないようにした。
息抜きなのか、なんなのか。
黒尾の気まぐれな遊びだったのかもしれない。
そして、一週間ほど過ぎた頃、黒尾から二通目の葉書が届いた。

『ツッキーは元気?
 姿を消してた野良猫がまた最近うろついてる。
 気に入った場所だったのかな?』



自室の机の前に座った月島は真っ白い葉書を前に頭を抱えていた。
この『遊び』に付き合ったところで、喜ぶのは黒尾だけである。
楽しそうに笑う顔が脳裏に浮かんで、月島は溜息を吐いた。
二通目の葉書で、それに気付いた。
だから、そうとわからないように、それに返事をした。

(たぶん、気付いてる)

難しいことではなかったけれど、まさか三通目が届くとは思わなかったのだ。

(暇人か……)

そんなに勉強が大変なのだろうかと、いらぬ心配をしてしまいそうになる。
黒尾からの葉書をぼんやり眺めて、月島は返事をすることをやめた。

『僕は元気ですよ。黒尾さんこそこんな大事な時に風邪をひかないように気をつけてくださいね』

葉書の真ん中にそれだけを書いて、月島はペンを投げ出した。
これを見た黒尾がどんな反応をするのかを少しだけ想像して、笑う。



そして、葉書を投函してから数日後。
黒尾から四通目の葉書が月島のもとに届いた。



終わり



黒尾編

1月も終わる頃、あまりにも透き通った空がきれいだったからか、ただの気まぐれか。
黒尾はコンビニで葉書を一枚買った。



秋の途中。
黒尾は月島と春高予選前の合宿で、恋人としてのいわゆるお付き合いを始めた。
どうして、そうなったのかは、今は割愛する。
とにかく、お互いに好きだということがわかったのだ。
宮城と東京と遠距離ではあったが、気持ちを確かめ合った分、以前よりは余裕があった。
一方的に好意を持っていた頃と相手も同じだとわかった後では、意識がこんなにも異なるのかと、黒尾は自分の変化を時々客観的に分析をする。
そうでもしないと、感情ばかりが先走ってしまいそうになるからだ。
そこまで浮かれるわけには行かない時期だからこそ、である。
メールは付き合う前から思い立った時に送っている。
月島からの返信は必要な時以外では3回に1度くらいの割合だ。
電話もするようになった。
去年はまだ1時間くらい相手をしてくれていたけれど、年が明けてからは受験勉強の邪魔になるでしょ?と、10分くらいで切られてしまうようになった。
そのあたりのスケジュール管理はちゃんとできているし問題はないと言っても聞き入れてもらえないのだからしかたがない。
あと1ヶ月ほどの辛抱だと、黒尾は溜息を飲み込んで携帯電話を放り出した。



月島の家の住所はわかっている。
梟谷学園グループの合同合宿に烏野高校が混ざるようになって半年。
春高の本選前最後の合宿が12月にあった。
誰が言い出したのかわからないが、年賀状を出し合おうという話になった。
元々ノリの良い連中の集まりだった。
二つ返事でいいな!やろう!ということになり、そこに参加していた全員に全員が年賀状を出すことになったのだ。
だから、住所はわかっている。
メールでも電話でもなく、葉書が届いたらどんな反応をするのだろう。
そんな好奇心が始まりだった。
家に届くということは家族に見られてもかまわない内容にしなければと、黒尾は白い葉書を前に何を書くべきかと悩んだ。
悩んだ末に、『元気?』と一言だけ書いた。
骨まで凍りそうな寒い朝、黒尾は葉書をポストに投函した。
息が白く広がったけれど、空はどこまでも青く澄んでいた。



葉書を投函した翌日、何もしらないふりをして黒尾は月島に電話をした。
一週間に一度で我慢している電話にヒマなんですか?余裕ですねと言われながら、それでもその声が聞けるだけで良かった。
素直じゃない月島がどんな表情でそれを言うのか、想像するのも悪くなかった。
この時期、3年が引退をした部活は4月に新入部員がやってくるまで、物足りなさと寂しさを感じる。
ただでさえ烏野高校のバレー部は人数が多くなかった。
3人とはいえ、3年生がいないのは、きっと思うことも多いだろう。
自分でも、たまに引退したバレー部の様子を覗きにいけば、強がりな顔をした1、2年に歓迎されるのだから、同じような感じなのかもしれない。
それを月島が言うことも顔に出すこともないのは、重々承知している。
だから、自分と話すことで少しでも気がまぎれたらいいと思うのは打算的だろうか。
声からも話からも元気なのはよくわかる。
けれど、あえて『元気?』と書いて送ったのは、直接『元気ですよ』と聞きたかったのかもしれないと思った。



それから、数日後、メールではなんの音沙汰もなかった。
これはスルーされてしまっただろうかと思い始めた頃、帰宅した黒尾に葉書が届いていると告げられた。
黒尾はその葉書をなんでもないような表情を作って受け取って、自室へと飛び込んだ。
それは、月島からの返事だった。

『元気ですよ。昨日からまた雪が降って積もりました。足元が滑るので歩きづらいです。そちらは寒くないですか?受験勉強がんばってください』

神経質そうなきっちりとした文字で、葉書の上半分にのみに書かれていた。
きっと、もっと何かを書こうと思って、何も思いつかなかったのだろう。
そんな月島を思って、黒尾は苦笑した。
月島が葉書を用意して返事を寄越す確率は50%だった。
スルーをするか、メールで何なんですか?と聞いてくるか、葉書を買うか。
50円とはいえ、それを買ってまで返事をするかどうかは、ちょっとした賭けだった。
負けず嫌いをうまく挑発できたようで、黒尾は届いた葉書にキスをした。



「す、すー、す……」

誰にでも見られてしまう環境で、どうやったら伝えられるだろうかという自分で課した問題に割りと真剣に取り組んでしまっている。
ぱっと見わからないように。
気付くか気付かないか。
それが楽しみで、黒尾は白い葉書と向き合っていた。

『姿を消してた野良猫がまた最近うろついてる。』

我ながらなんて意味のない文章だと、笑う。

『気に入った場所だったのかな?』

これで、一目ではわからないだろうし、これを見た月島の家族も気にもとめないだろう。
この『遊び』に隠した気持ちにちゃんと気付いてもえたら嬉しい。
黒尾は葉書をカバンにしまうと、数学の問題集を広げた。



葉書を投函してから数日後。
月島から葉書が届く。
電話をした際、月島が葉書について何も訊いてこなかったので、黒尾は自分からも葉書について言うことをしなかった。
電話でもメールでも繋がっている。
それなのに、この葉書のやり取りはなんなのだろう。
手書き文字は、携帯の画面よりも愛しさが増すような気がした。

『黒尾さん、あの、僕は元気です。先日もらったオレンジがすっぱくてたべるのきつかったです。』

丁寧な文字が並んでいる。
先日送った自分の葉書に負けず劣らず、どうでもよい内容だ。
まちがいなく、『返事』だと、黒尾は確信した。
ただ、自分が送った単純なものじゃないのは、すぐにわかった。
さて、どうするかと宛名の面を見ると隅っこに小さく数字の9と書かれていた。
よく見ないとわからないくらい小さな文字だった。
それがヒントというより、答えなのだろう。
黒尾はもう一度、月島からの文面も読み返す。
指で一文字ずつ数えながら、答えを探して、最後に笑った。
この『遊び』に真剣に付き合ってくれるとは思わなかった。
それが嬉しかった。
早く会って抱き締めたいと思いながら、月島のかわりに葉書にキスをした。



『おかえり!
 連日の雪はやんだか?
 もっと寒くなるなんて信じられない。
 すげーな。
 気をつけろよ、風邪ひかないようにさ。
 ツッキーは元気?』

恋文の返事は簡単にわかりやすく。
黒尾は三通目の葉書を投函する。
曇った空は重く暗い。
きっと帰る頃には雨になるだろう。
傘を片手に学校へと向かった。
電話でもメールでもない。
もうひとつの繋がりがこんなにも楽しくて面白くなるとは思わなかった。
勉強の合間に思いついた『遊び』でしかなかったはずだというのに、帰宅するたび郵便受けが気になるようになってしまった。
メールをしても電話をしても葉書が届くのを待ってしまう。
昔は、手紙しか通信手段がなかっただなんて、信じられなかった。
それでも、今なら少しはわかる。
待つ時間が、また新たな想いを募らせていくのかもしれない。
現に、自分がそうなのだ。
葉書を送るたび、葉書が届くたび、好きという思いが深くなっていくような気がした。



そして、再び数日後。
届いた葉書に、黒尾は爆笑することになるのだった。



終わり

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「好きな人の好きなところ三箇所にキスしてください」

白い封筒に入った白いカードに黒い文字で印字されたそれを読み上げた瞬間、月島は酷く嫌そうな顔をした。
眉間の皺は深い。

「どうする?」

口元を楽しそうに歪めて黒尾が笑う。
きっと、月島が面倒くさいと思っていることを面白がっているのだろう。
月島はそんな黒尾に対して目を伏せると溜息を一つ。

「意にそぐわないことを指示されるのはとても腹が立ちますね」

それでも、と、月島は正面にいる黒尾へ一歩近づいて、人より少し尖った耳に噛みつくように唇で触れた。

「え?」

そのまま驚く黒尾の瞼にそっと唇を落とし、右手を掴んで引き寄せるとその手のひらにちゅとキスをした。

「理由も言いましょうか?」

指示通りにキスをするとは思ってもいなかったのか、黒尾はその鋭い目をまん丸に見開いて月島を見ている。
そんな黒尾に月島はにっこりと人が良さそうな笑顔を作りあげた。
笑顔はとても有効な手段である。
にこにこと笑っておけば、面倒なことからほとんど回避できるからだ。
もちろん、黒尾にはそれが通用しないことはわかっている。
だからこそ、あえて、笑顔を作ってみせることで、本音を曖昧に濁すのだ。

「僕の声を聞く耳、僕を見る目、そして……」

どんなスパイクに対しても鮮やかにブロックを決めるその手のひらを最初から見ていた。
バレーボールの、守備に関しては、武田先生の言葉を引用するのであれば、間違いなく師である。
それから幾度となく練習試合を繰り返し、悔しいけれど、敵わなかったのだから仕方がない。
その強さの象徴である手のひら。
そこにあるのは、強さだけでなく優しさもある。

「まあ、好きです」
「……月島君?」
「はい」
「今、いろんなのを省略したでしょ?」
「言葉にする理由が見当たらなかったので」
「確かに俺の事が好きだっていうのはわかった」

ぽすんっと、肩口に黒尾の額が乗ってきた。
微かな温かさと重さを感じると同時に首筋に触れる髪がくすぐったいと月島は思った。

「黒尾さん?」
「俺も好きだ」

不意を突かれて、唇が重なる。
柔らかな感触の後、酷く熱をもった。
思わず目を閉じてしまった月島の額に、唇の触れた熱が残る。
そっと手を握られて指と指を絡められると、その指先まで熱い。
黒尾に触れられるたびに、じわじわと外皮だけでなく内部まで痛くなるような熱がうまれるようだった。

「蛍」

時折、呼ばれる名前に心臓が跳ねる。
そっと目を開けると繋いだ手を持ち上げられて、その手首へ啄ばむようなキスをされた。
目の前の獣のような鋭い目をまともに見てしまえば、背筋にひやりと冷たい汗が流れ落ちる感覚が響く。
逃げることも叶わずに、捕食されてしまうのは、こんな時だ。

「……、伝わった?」
「なに、が?」

動揺を悟られないように答えたつもりだったけれど、どうしても声が震えてしまう。
こんなに近くにいるのであれば、きっとこの激しい心臓の音も聞こえてしまっているに違いない。
月島はどうしようもないまま、黒尾から目をそらせずにいた。

「三ヶ所に決められないくらい、全部好き」

ぎゅっと頭を抱え込むように抱き締められて、月島は漸く息を吐いた。
手首から生まれた熱はすでに全身へと伝わっている。

(ああ、そうか……)

そこで、やっと、理解した。
熱さの意味と理由を。



終わり

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